1988.1.2  中華人民共和国・吉林省・吉林にて

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1988.1.2  中華人民共和国・吉林省・吉林にて

吉林・東館賓館で撮影された29年前の記念写真が出てきた。
ここに写っている6人中、4人はニューズトラベルの参加者で、1人はあちき(単独旅行)、
髭の1人は現地で会って意気投合して何日か一緒に撮影した、若き日の山下さん
(単独旅行・現、国鉄時代編集長)。

当時は外国人の泊まれるホテルが制限されていたので、日本人が泊まっていると挨拶がてら
顔を出していた。当時は中国蒸機を追いかけている人も少なかったので、ほとんどが顔見知り
なのだ。一緒に酒を飲んだり、情報交換したりと楽しかったな。

今でも年に何度か、山下さんや榊原さんと呑むことがあるから縁は大切にしなければならない。

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1988.1.2  中華人民共和国・吉林省・吉林にて

吉林に撮影に来るマニアの目的は、この機関車“勝利型”(パシロ)に他ならない。
この機関車は満鉄の流れをくむパシフック2C1だ。あっという間に“前進型”に変わっちまった。


1995.1.3 中華人民共和国 “承徳鉄鋼公司専用鉄道” まさかのV氏&G氏と遭遇!!

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1995.1.3 中華人民共和国 “承徳鉄鋼公司専用鉄道” まさかのV氏&G氏と遭遇!!
上游・建設型の三台運転で有名な承徳嶺です。
30‰の上り勾配があるため、わずか10数輌の石炭を承徳鉄鋼公司に運ぶために三台の蒸機が必要でした。
DL化終了後の現在は、この非効率な専用鉄道は廃止され緩勾配の新線に切り替わりました。
北京市の煤煙の公害問題は、この承徳鉄鋼公司が元凶となっています。

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この記念写真は“ツアーの団体記念写真”ではありません。
“承徳鉄鋼公司専用鉄道”を俯瞰する撮影地にて。

車を降りてからどれだけ歩いたでしょうか?
初めての撮影地なので道がわかりませんでした。
大まかな地図を見ながら一人で獣道を進み、それらしい稜線を歩いて行くと突然展望が開けました。
そこには俯瞰大好き鉄ちゃん好みの撮影地が展開されていました。

そして先客の鉄ちゃんたちが・・・。外人が4名と日本人が4名。僕を入れて総勢9名になりました。
とりあえず挨拶に顔を出しました。
3名の日本人は驚くことに友人でした。H氏・K氏・DT200A氏もビックリです。

厳冬の中国蒸機を撮影に来る外人鉄ちゃんは、それなりの覚悟できているはずです。
カメラ装備から見ても有名人に違いありません。通訳も同行していないことから中国慣れしているようです。

そして2名は、外国の鉄道趣味誌でどことなく見たことがある御仁でしたので声をかけてみました。

驚きました。Victor Hand 氏(米国在住) と Greg Triplett 氏(豪州在住)でした。
蒸機趣味の世界は広いようで狭いと感じた瞬間でした。

Greg Triplett 氏は親日家としても有名で、彼が若い頃には「C62重連・急行ニセコ」や「布原D51三重連」
などを撮影に何回も訪日しています。

Greg Triplett 氏とのお話は、長くなりますのでまたの機会にします。

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Victor Hand 氏 は SPEED GRAPHIC (米国製・4×5 in カメラ )を二台も操ります。
 
4×5 in を三脚に一台固定し、サブカメラも4×5 inです。
こんな妥協を許さない鉄ちゃんは、世界でVictor Hand 氏ただ一人でしょう!!

そういえば、僕の蒸機撮影の心の師匠である「あまらぼ鍋屋町」氏も4×5 in を操ります。
正に“ワールドクラスの鉄ちゃん”です。

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Victor Hand 氏 「五大陸蒸機写真集」(2013)

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Victor Hand 氏 (2014)

Hand was a pioneer in the search for foreign steam, which survived much longer in
China, Africa, South America, Asia, and the Soviet Union and its eastern European
satellites than in the U.S., Canada, and Mexico.

1990.1 中華人民共和国 包蘭線・中衛 “トンゴリ砂漠に降る雪” 

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朝ホテルで目が覚めると、雪が降っていた。
トンゴリ砂漠で雪と蒸機が撮れる。早朝まだ暗いなかホテルを出発する。
今朝もよく冷える。気温-23℃、快晴無風。最高の条件が揃った。

前進型重連の不規則な空転が遥か彼方から聞こえてきた。
ゆっくりと近づいてくるブラスト音に興奮を覚える。

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“フイルムの時代”
宿では撮影したフイルムの管理に余念がない。
中国料理と酒が、はあまり口に合わないので日本から、食品や酒も持ち込んでいる。
移動が比較的少ない滞在型撮影なので支障はない。

1989年12月27日から1990年1月7日まで11泊12日でシルクロードに蒸機を撮影に来た。
一番の問題は会社の有休取得だった。
当時の僕は24時間働けますか?の多忙なリゲイン・サラリーマンだったのだ。

会社には、いろいろと借りを作ってしまったことは今となっては懐かしい。
当時の僕の、座右の銘は「行けるうちは行け!なにがなんでも行け!」必ず行けなくなる時(未来)が来る。

撮影地は「包蘭線・中衛」と「蘭新線・烏鞘嶺」だけに絞った。
未開放地区も含まれている為、シルクロードではイギリス人・スイス人の鉄ちゃんとは遭遇したが、
日本人の鉄ちゃんと出会うことはなかった。

今回の撮影旅行の成果は、蒸機列車を約120列車を撮影したことだ。
(ほとんどがQJ型重連。QJ三重連もあり。JFの列車もあり。)

撮影したフイルムの本数は、35㎜が、RDP38本・PKR37本・PKL6本。
                ブローニーが、RDP48本・TMY10本。 合計109本。驚きの数値だ。

1986.1 中華人民共和国 蘇家屯機務段 “厳冬” JF6

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1986.1 中華人民共和国 蘇家屯機務段 “厳冬” JF6
また、この冬も中国に来てしまった・・・。

どこの国でも、機関区の撮影は楽しい。
情報のない時代、新しい発見や、驚きが連続する。目を凝らして蒸機を探し記録メモをとりながら撮影する。

中国では、前進・建設・上游・C2以外を撮影できれば金星だろう。
廃車体もくまなく撮影する。
この旅行では、パシナ・勝利・人民・解放・解放6型・躍進・工建型を撮影することができた。

蘇家屯機務段の片隅で解放6型(JF6)を見つけた。
一体どれほど停車していれば、こんなに大きなツララが出来上がるのだろうか。
手元にある温度計を見ると-26℃を指している。
見事な氷の芸術を見て、夢中になって撮影する。

当時のツアーは、撮影制限が多く、高額な支払いも悩みの種だった。
どうしたら安く効率よく撮影できるか、暗中模索の時期が確かにあった。

結論は日本の旅行社を通さず、直接中国の旅行社を使う手配旅行に軍配が上がった。
なんだか海外蒸機撮影の泥沼に、どっぷりと浸かりそうな気がする。



1995.8 中華人民共和国 “海南島” 快楽室の誘惑

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1995.8 中華人民共和国 “海南島” 快楽室の誘惑
“海南島”に来た目的は解放型の撮影だ。
残念ながら“ミカイ”のプレート付き解放型や、日本国鉄9600型の廃車体は発見できなかった。

大カーブを俯瞰できる撮影地には、獣道すら無かったのだ。
柑橘系の棘のある樹木をかき分けながら、ようやくたどり着いた撮影地だった。
シャツやズボンが破れ、そこかしこに血が滲んでいたのだ。

解放型牽引の混合列車は、蒸機+貨車+客車+貨車の編成で、かつての五能線の混合列車を彷彿させる。
※無蓋車の白い積荷は袋入りの塩だ。

海南島は今も昔も、中国を代表するリゾート地なのだ。
5泊6日の海南島旅行中に、三亜ホテルに二連泊した(20年前の中国のお話だ)。

撮影を終えて、夜間に疲れた体でホテルに到着した。
チェックインを終えて、後はシャワーを浴びて食事と飲酒をして早く寝る、そして早朝の起床に備える
はずだったのだ。ところが状況が一変したのだ。

ロビーから宿泊する6階の608号室に向かうエレベーターに同乗していた東洋系女性はどう見ても
素人では無い!と直感したのだった。東洋系の若くて妖艶な露出度の多い衣装と怪しい麝香の香り?
ここは吉原か?新開地?中州?いやいや歌舞伎町なのだ!!
部屋に入室後、かんぱつをいれずにドアの隙間から一枚のチラシが入ってきたのだ。

チラシには赤字の広東語で“快楽室・・・”広東語の意味は全てわからないが、このホテルの地下2階
には、非合法の売りが有るということがわかった。問題はシステムだ?

同行のF氏が超得意とするアンダーグラウンドの世界が展開されているようだ!!
行くしかないのだ!!潜入取材なんて面白そうだ!!
“快楽室・・・”のチラシを握りしめ、ホテルの地下2階へ向かうのであった。

地下2階には扉は一つ、ドアの入り口には怪しい男たち(屈強では無い)がいたのだ。
怖いもの見たさで怪しい扉を開ける・・・。
何だこの匂いは?阿片?麝香?なんだか甘い香りが漂っている?この煙は何?初体験の香り?

僕は勇気を出して言った『希望告诉费用和系统?』(料金とシステムを教えて欲しい)
ここから先は想像にお任せします・・・。

当ブログは、エロ専門ではありません。
鉄ブログの倫理に抵触しますので、お話の続きは、いつか呑み会でお願いします・・・。
プロフィール

高野 陽一

Author:高野 陽一
あなたは鉄道に感動したことがありますか?
いつの時代の、どこの国の、どんな線区の、どんな車輌や情景でもかまいません。
答えは明白です。それはあなたがカメラという映像媒体を通じて、あなたの魂(SOUL)が何かを感じ、あなたの魂(SOUL)をゆさぶった事にほかなりません。だから、あなたも僕も鉄道を今も撮影し続けているのです。
(社)日本写真家協会会員  (JPS)

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