1992.12 インド “遥かなるダージリン”

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1992.12 インド “遥かなるダージリン”

毎年のように土砂崩れで運休になる、危険と隣り合わせの登山鉄道です。
この区間も土砂崩れ後に新線を引き直し、とんでもない勾配が出来上がってしまいました。
小さなB型機関車は、助走をつけて勾配に挑みます!!

冷えた谷間に、小さなB型機関車の凄まじいブラストと空転が手に汗握るドラマを創り出します。
フロントデッキに陣取った“サンドマン”が忙しなく滑り止めの砂を撒き続けるのです!!
またいつの日か、ダージリンを訪れてみたいのですが・・・。

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1991.1  インド “蒸機とサリー” と、トイレ事情

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1991.1  インド “蒸機とサリー” と、トイレ事情

この年の冬は、インド西部のRAJASTAN地方の蒸機を求めて旅をしました。
この画像は美女と蒸機の組み合わせが撮れたわけですが・・・。
美女の足元に置いてある缶を見て、あぁ~なるほどね、とわかった方は相当なインド通です。

その答えは、朝の便所の帰りなのです。そもそもインドの家庭にトイレがないのです。
それではどこで用を足すかというと線路端なのです。信じられますか?

早朝の暗いうちに女性が用を足し、明るくなってくると男性が用を足します。暗黙のルールです。
用足しは紙は使いません。缶の水を使い左手(不浄の手)で洗い流します。
それで民族衣装のサリーの裾が長いのでしょう。

あちきも、初めてインドへ行ったときに現地で知りました。
それでも撮影に夢中になって、何度も何度も線路端の糞の地雷を踏んでます。

現代インドの家庭でのトイレ普及率は47%だそうです。
テレビ・エアコン・冷蔵庫・携帯電話はあるのにトイレが無い!!なんとも不思議な国なのです???

The summer holidays have started !!

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The summer holidays have started !!

なんだか皆さん、それぞれの夏休みを楽しんでいらっしゃるようです・・・。
インドネシア蒸機の話題も聞こえてきました。
あたしも、撮影・執筆・創作活動に集中したいのでしばらくブログはお休みにします。
一休み・一休みてなもんです(一休さんの名言)。

ちなみに、いくつかは予約更新で入力してみました。

8月の下旬の予告
―私的・44年前の今日へ―を、ちょいと書いてみようと思います。
お暇でしたら、遊びに来てください。
Episode 1 ―初めての北海道一人旅・44年前の今日へ―“1972年夏・北海道蒸機撮影見聞録”
お楽しみに・・・。

1992.12 “Darjeelig”への招待

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1992.12 “Darjeelig”への招待
1992.12.26から11泊12日でインド蒸機を撮影に出かけています。24年前のお話です。
超有名な“バタシアループ”で地元の子供たちを集めて撮影しました。
ここは現在では公園になっています。

世界遺産鉄道のダージリンの蒸機は今でも現役で毎日動いています。
但し本数や区間は日によって異なります。勿論チャーター運転も可能です。
動態保存蒸機は10台近く確認されています。

観光地化されたとはいえ、現役蒸機が活躍する素晴らしい路線です。
僕の友人で獣医のS氏は、ダージリンフリークで、かの地を10回以上訪れています。
羨ましい限りです。獣医のS氏は、僕のダージリンの師匠です!!

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1992.12 “Darjeelig”への招待
ダージリンを取材した書籍は数多く発行されています。
宗主国であったイギリスの代表作は“ザ アイアン シェルパ”でしょう。
日本では、けむりプロの“鉄道讃歌”や“ダージリン&マテラン”が有名です。
小林隆則氏の“鉄道青年”では“インドの登山鉄道”として紹介されています。

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1992.12 “Darjeelig”への招待
僕もRM123号に“2ftの聖地は今・・・”でダージリンをガイド的に紹介しています。
RM123号を所有しているそこのあなた、再読してくださいマセ!!

僕も必ずやダージリンを再訪したいと考えています。
しかし、いつになりますことやら・・・。

1994.4 究極の聖地・2ft蒸機軌道 “楽園・LEDO”

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1994.4 究極の聖地・2ft蒸機軌道 “楽園・LEDO”

本日よりGW突入です。
あたしには、今年のGWはご縁が無いのです。
どこに行っても“満員御礼・札止め”状態なのです。そんなわけで近場でまったりと過ごします。

僕のサラリーマン時代のGWは海外の現役蒸機を必死で追い掛けていました。
LEDOレンガ工場専用軌道訪問記です。94年GWのインド・アッサム州のお話です。

当時のアッサム州は、治安が大変悪く外国人入境禁止エリアでした。
アッサム解放戦線の暴れているエリアで大変危険でした。
アッサムは紅茶の産地として有名でした。
日本人でこの地を訪れるのは入境許可を取得した商社マンと
遺骨収集団(インパール作戦戦没者)の方だけでした。

ところがアッサム州には、魅力的な2ftの蒸機が走る、レンガ工場専用軌道と炭鉱専用軌道が存在したのです。おまけですがインド国鉄のメーターゲージの蒸機もゴロゴロいます。なにがなんでも行きたいのです。
入境許可証がひょんなことから手に入り単身空路でアッサム州潜入に成功しました。

出会いは突然やってきました。
工場入口の2ftのヘロヘロの錆びたか細い軌道に目をやると
軌道上には太い丸太が踏切の様に降りていました。
なんで軌道上にこんなに太い丸太が置いてあるのだろう?もしかして行の運転は終わってしまったのか?
最悪既に廃線になってしまったのか・・・。頭は混乱するばかりでした。あまりにも情報が乏しいのです。

呆然と立ち尽くしていると、工場から誰かが走り出てきました。例の丸太の踏切を外し始めました。
しめた!!何かが来ます。耳を澄ますと甲高い汽笛が聞こえてきました。
やけに小さなボロボロの罐が小さな車体を左右に揺さぶりながらやってきました。
夢にまで見たバグナルの登場です!!

インド
見てください。この小さな2ftの満身創痍のボロボロの罐を!!
こんな罐で一日中、好き勝手に撮影しキャブに乗って遊べるのですから・・・。
正に“2ftの楽園”でした。蒸機趣味ここに極まれりです。

この記事はRM・№131に“地上最後の聖地・愛しのデイビット”として9ページ掲載しています。
おひまでしたら探して駄文を見てくださいマセ。
プロフィール

高野 陽一

Author:高野 陽一
あなたは鉄道に感動したことがありますか?
いつの時代の、どこの国の、どんな線区の、どんな車輌や情景でもかまいません。
答えは明白です。それはあなたがカメラという映像媒体を通じて、あなたの魂(SOUL)が何かを感じ、あなたの魂(SOUL)をゆさぶった事にほかなりません。だから、あなたも僕も鉄道を今も撮影し続けているのです。
(社)日本写真家協会会員  (JPS)

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