1996.10 ベトナム カルスト台地の141型

ベトナム
1996.10 ベトナム カルスト台地の141型

この頃のベトナムは、ハノイ周辺の本線上の貨物列車や、引き込み線・港湾・製鉄工場の運用でした。
4形式の蒸機が最後の活躍をしていましたが、輌数は不明でした。

判らないことだらけでしたが、とにかく行けば何とかなるだろう?
有給休暇を利用して単身ハノイ周辺を、貧しい知識でしたが自分なりに徹底的に調査しました。
短い滞在期間でしたが、どうにかこうにか、4形式の蒸機を押さえることが出来たことは奇跡でした。
驚いたことに日本製の生きたC12を2輌撮影できました。

あれから20年が経過して、あちきの住む地元・福生でも家賃が安いのか多くの若い外国人が住む様になりました。最初はどこのアジア人と思っていたが、聞き覚えのあるイントネーションと、男性の親指の長い爪を見て直感しました。

Quốc gia bạn là thành viên của? Tôi đến từ Việt Nam。

やはりベトナム人でした。昼間は学校?夜はバイト?近所の自転車二人乗りは全てベトナム人。
何だか、世の中変わっちまったな・・・。そう思います。



1996・10 ベトナムで “ミカロ” 発見!!

ベトナム
この頃は海外蒸機撮影の興味は“厳冬エリアの煙”から“蒸機探し”に移行していました。
確かに厳冬期の中国火車の爆煙は魅力的でしたが・・・。

今回のベトナムを訪れた目的は、日本製C12型と日本製ミカロ型の調査でした。
いずれもハノイから100㎞圏内なので、少ない情報でしたが一人で探しに行きました。

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“ミカロ1510”の刻印
ハイフォン線で無事に何輌かのミカロを捕らえることができました。

ベトナム
“ミカロ1579”の刻印
しかしせっかく捕らえた“ミカロ”の正体がよくわかりません。現在調査中です。
銘板なんて何もついていません。刻印№1510・1579から“汽車製造”かもしれません。
残念ながら肝心のボイラーの刻印が分かりませんでした。

南満州鉄道か華北交通より、ベトナム戦争時にベトナムへ渡って来たと思います。
中国では“解放6型”と呼ばれ、ベトナムでは“GP6型”と呼ばれていました。
謎だらけの機関車です。


1996.10 ベトナム “市場列車追跡”

ベトナム
1996.10 ベトナム “市場列車追跡”
よく見るとオープンデッキの客車が連結されています。
当時ハノイからハロンまで一日一往復の、実に生活感のある“市場列車”が走っていました。
旅客列車はDL牽引ですが、貨物列車はGP6が牽引します。

ハノイ駅で偶然にも“何か異臭漂う”列車を発見し覗いてみると客車の乗客はなんと“豚”でした。
座席を外した客車に豚や鶏を乗せ、他の客車は行商の人たちで混雑していました。
これは乗るしかありません?!列車はガタンゴトン、ガタンゴトン、ブヒーッ、ブヒーッ、コケコッコーッ?!
と走り出しました。楽しい旅の始まりです。しばらく走ると列車は青空市場のある駅に停車しました。
プロフィール

高野 陽一

Author:高野 陽一
あなたは鉄道に感動したことがありますか?
いつの時代の、どこの国の、どんな線区の、どんな車輌や情景でもかまいません。
答えは明白です。それはあなたがカメラという映像媒体を通じて、あなたの魂(SOUL)が何かを感じ、あなたの魂(SOUL)をゆさぶった事にほかなりません。だから、あなたも僕も鉄道を今も撮影し続けているのです。
(社)日本写真家協会会員  (JPS)

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