42年前の今日へ 特別な“Christmas Eve”

雨は夜更け過ぎに 雪へと変わるだろう
Silent night, Holy night
きっと君は来ない ひとりきりのクリスマス・イブ
Silent night, Holy night

いい歌ですが、山下達郎の“クリスマス・イブ”のお話では決してありません!!

1975年12月24日。国鉄最後の蒸機牽引列車のお話です。
それは、僕なりの蒸気機関車撮影のけじめを付ける儀式でした。

そうです、今から42年前の“クリスマス・イブ”は僕にとって特別な日でした・・・。
僕の青春時代は、蒸気機関車の撮影こそが全てでした!!
僕と同じ青春時代を、過ごされた同胞もきっと多いと事と思います。

その証拠に、現役蒸機撮影ブログの年齢層が、昭和31~33年生まれに集約さてれます。
多分・・・。C62重連急行「ニセコ」を満足に撮影できなかった世代の情念を感じます。
つまり「SLダイヤ情報」世代に該当します。貴方も僕も同世代かもしれません。

夕張

僕は毎年、“クリスマス・イブ”になると、青春時代の最後の思い出として夕張線6788ㇾを思い出すのです・・・。

1975年12月当時の、撮影記録を時系列で纏めた、僕の過去ブログの
Episode O ―終わりの始まり・40年前の今日へ― 第1日目 “最後の旅立ち”をご覧ください。

夕張

夕張

夕張

廣田先生の卓越した、カメラアイによる「最後の蒸気機関車」 -Dec 1975-
素晴らしいドキュメントだ!!

ブログ村に再び入村してしまいました。
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毎日の更新は難しいと思いますが、今後ともよろしくお願いします!!

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1975年11月  “セピア色の思ひ出”

夕張

1975年11月  “セピア色の思ひ出”

先日、事務所を片付けていたら“セピア色”に変色した一枚の写真が出て来た。
それは42年前に、夕張線紅葉山発車のD51俯瞰の爆煙写真だった!!

当時の手帳を見ると、こう記されていたのだ。

夏(1975年8月)に北海道で撮影したSLが最後の撮影になった・・・。
これからは旧型電気機関車をターゲットにしよう!!
秋(1975年11月)は、飯田線にED18・19を撮影に行こうと思う。

ところが、計画は変わって、まだ北海道に9600・C57・D51が走っていることがわかり、
当時高校三年生のあちきは、秋の文化祭と学校をさぼって、
相棒の山本シェフと北海道に出掛けてしまったのだった。

それが、良かったのか?悪かったのか?たぶんあちきの“これが青春”だったのだろう・・・。

2019年3月 夕張線廃止決定!!

夕張
暖冬の清水沢にて
     

遂に、2019年3月 夕張線廃止決定!!か・・・。

石炭産業最盛期で、最も隆盛を極めた頃の夕張市の人口は1959年(昭和34年)の116000人でした。
夕張線蒸機廃止の1975年(昭和50年)の人口は51000人にまで減り、暗雲が漂い始めています。
そして現在の2017年(平成29)の人口は8600人になりました。
その人口の1/3が清水沢地区にお住まいだそうです。

夕張線廃止、止む無しの結果というわけです・・・。
夕張地区は、あちきがガキ鉄時代に蒸機を求めて何度も訪れた思い出の地です。
夕張線廃止までに再び彼の地を訪れる事になりそうです・・・。

どちらかの団体が、夕張線を引き継いで再び蒸機を走らせて頂けないものでしょうか・・・。
この夕張地区だけでも、保存車輌はかなりの数が現存しています。
海外の先進国では数多くの廃線復活の事例が発生しています。
わが国では夢の又夢なのでしょうか・・・。

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1975.12.24  41年前 と 昨年の今日へ。

夕張
1975.12.24  41年前の今日へ。
毎年クリスマスイブになると、41年前の夕張駅での出来事を思い出すのです。
18歳(高校三年)の僕は最後の国鉄蒸機牽引列車を見送る為に夕張へとやって来たのです。
その時体験したD51241牽引6788ㇾの発車の汽笛と光景は一生忘れることはないでしょう。

夕張
1975.12.24  41年前の今日へ。
最後のD51241牽引6788ㇾの夕張駅のセクションを1/87で表現してみようと計画しております。とりあえずModels IMONでD51241とセキは購入しましたがヨはいまだ入手しておりません。
巨大ホッパーの作り方も勉強しなければなりません。夢まで少しずつですが確実に近づいています。

夕張
1975.12.24  41年前の今日へ。

夕張
2015.12.24  昨年の今日へ。
昨年の今日は、奥井さんの手配で見事にリリーズとリリーズが生まれ育った夕張線・清水沢でお会いすることが出来ました。
夜は井門さんの企画でゆうばりホテルシューパロのリリーズのディナーショーにも参加しました。
そのあとのサプライズはに昭和の香りが漂うスナックみやさかでリリーズと一緒に酒を呑めたことも大変良い思い出になりました。こんな面白い企画を立案し成功させた井門さんに感謝します。

夕張
2015.12.24  昨年の今日へ。
2019年に廃止が予定されている夕張線にもう一度出かけて見ようと思います。

2016.9.15 “今日の夕張線”山本シェフからの便り

夕張
山本シェフから41年ぶりに夕張へ行ってきたと連絡がありました。

やぁ~っ。話には聞いていたが、これほどまでに変わっちまったのか!!
夕張・鹿の谷・清水沢あたりをうろうろしてきたが・・・。
懐かしいと言うよりこれが“炭都夕張”・・・。言葉がない・・・。
夕張駅は移設され終着駅の旅情すらない!なんだこれは状態。旧夕張駅の痕跡すらない!!

鹿の谷&清水沢はゴーストタウン・・・。

夕張
あちきがD51を俯瞰撮影したボタ山も健在でした。

夕張
あの紅葉山駅は新夕張になったのだから、もっと活気があってもいいのでは?

夕張
清水沢駅、あの広かった構内は棒線化されてしまった。
昭和50年の最後の秋に寝袋で寝た、思い出の跨線も消えていた。

夕張
なんだかなぁ~っ。窓に板が打ち付けられ、これでは廃駅のイメージだ。

夕張

昨年の12月24日。現役蒸機最後を見送った40年後の夕張の地で“リリーズ”にお会いしました。
夕張線が2017年3月廃止予定かどうかわかりませんが、機会があればもう一度“ユーパロの谷”を
ゆっくりと散策したいと思う今日この頃です・・・。 おわり
プロフィール

高野 陽一

Author:高野 陽一
あなたは鉄道に感動したことがありますか?
いつの時代の、どこの国の、どんな線区の、どんな車輌や情景でもかまいません。
答えは明白です。それはあなたがカメラという映像媒体を通じて、あなたの魂(SOUL)が何かを感じ、あなたの魂(SOUL)をゆさぶった事にほかなりません。だから、あなたも僕も鉄道を今も撮影し続けているのです。
(社)日本写真家協会会員  (JPS)

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