2019年3月 夕張線廃止決定!!

夕張
暖冬の清水沢にて
     

遂に、2019年3月 夕張線廃止決定!!か・・・。

石炭産業最盛期で、最も隆盛を極めた頃の夕張市の人口は1959年(昭和34年)の116000人でした。
夕張線蒸機廃止の1975年(昭和50年)の人口は51000人にまで減り、暗雲が漂い始めています。
そして現在の2017年(平成29)の人口は8600人になりました。
その人口の1/3が清水沢地区にお住まいだそうです。

夕張線廃止、止む無しの結果というわけです・・・。
夕張地区は、あちきがガキ鉄時代に蒸機を求めて何度も訪れた思い出の地です。
夕張線廃止までに再び彼の地を訪れる事になりそうです・・・。

どちらかの団体が、夕張線を引き継いで再び蒸機を走らせて頂けないものでしょうか・・・。
この夕張地区だけでも、保存車輌はかなりの数が現存しています。
海外の先進国では数多くの廃線復活の事例が発生しています。
わが国では夢の又夢なのでしょうか・・・。

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1975.12.24  41年前 と 昨年の今日へ。

夕張
1975.12.24  41年前の今日へ。
毎年クリスマスイブになると、41年前の夕張駅での出来事を思い出すのです。
18歳(高校三年)の僕は最後の国鉄蒸機牽引列車を見送る為に夕張へとやって来たのです。
その時体験したD51241牽引6788ㇾの発車の汽笛と光景は一生忘れることはないでしょう。

夕張
1975.12.24  41年前の今日へ。
最後のD51241牽引6788ㇾの夕張駅のセクションを1/87で表現してみようと計画しております。とりあえずModels IMONでD51241とセキは購入しましたがヨはいまだ入手しておりません。
巨大ホッパーの作り方も勉強しなければなりません。夢まで少しずつですが確実に近づいています。

夕張
1975.12.24  41年前の今日へ。

夕張
2015.12.24  昨年の今日へ。
昨年の今日は、奥井さんの手配で見事にリリーズとリリーズが生まれ育った夕張線・清水沢でお会いすることが出来ました。
夜は井門さんの企画でゆうばりホテルシューパロのリリーズのディナーショーにも参加しました。
そのあとのサプライズはに昭和の香りが漂うスナックみやさかでリリーズと一緒に酒を呑めたことも大変良い思い出になりました。こんな面白い企画を立案し成功させた井門さんに感謝します。

夕張
2015.12.24  昨年の今日へ。
2019年に廃止が予定されている夕張線にもう一度出かけて見ようと思います。

2016.9.15 “今日の夕張線”山本シェフからの便り

夕張
山本シェフから41年ぶりに夕張へ行ってきたと連絡がありました。

やぁ~っ。話には聞いていたが、これほどまでに変わっちまったのか!!
夕張・鹿の谷・清水沢あたりをうろうろしてきたが・・・。
懐かしいと言うよりこれが“炭都夕張”・・・。言葉がない・・・。
夕張駅は移設され終着駅の旅情すらない!なんだこれは状態。旧夕張駅の痕跡すらない!!

鹿の谷&清水沢はゴーストタウン・・・。

夕張
あちきがD51を俯瞰撮影したボタ山も健在でした。

夕張
あの紅葉山駅は新夕張になったのだから、もっと活気があってもいいのでは?

夕張
清水沢駅、あの広かった構内は棒線化されてしまった。
昭和50年の最後の秋に寝袋で寝た、思い出の跨線も消えていた。

夕張
なんだかなぁ~っ。窓に板が打ち付けられ、これでは廃駅のイメージだ。

夕張

昨年の12月24日。現役蒸機最後を見送った40年後の夕張の地で“リリーズ”にお会いしました。
夕張線が2017年3月廃止予定かどうかわかりませんが、機会があればもう一度“ユーパロの谷”を
ゆっくりと散策したいと思う今日この頃です・・・。 おわり

40年目の6788会in夕張  ―40年後の夕張・時間旅行への招待―         “リリーズと黄昏流星群”

40年目の6788会in夕張 ―40年後の夕張・時間旅行への招待― “リリーズと黄昏流星群”
夕張
「夕張線 蒸気機関車の夕べ」ゆうばりホテルシューパロにて
“好きよキャプテン”よかったなあ~っ!!

リリーズ
1975年6月5日発売「水色のときめき」でデビュー。
1975年9月20日発売「好きよキャプテン」で大ヒットする。

夕張
二次会は、昭和の香りがプンプンしたスナック“みやさか”で開催。
おっ!伊藤久巳1佐殿と呑む。世界の蒸気機関車で有名な都築雅人さんにも大変お世話になりました。
札幌の矢野さんにも大変お世話になりました。
また遊びましょう?!

三次会は、ゆうばりホテルシューパロ「519号室」で開催。
井門さん・都築さん・伊藤久巳1佐殿・国鉄時代編集長山下さん・そして僕・・・。
呑むにつれ頭がとろけていきましたトサ!!恐らく最初で最後の組み合わせでしょう。

こんな楽しい思い出になる企画を計画され実行された井門さんや実行委員の奥井さんに深く感謝いた
します。10年後もお願いいたします。

夕張
スナック“みやさか”で燕・奈緒美さんと燕・真由美さんと呑む。まさに昭和レトロだよね。

夕張線は決して有名撮影地があるわけではありません。
しかし沿線にあった炭鉱や夕張特有のムードに誘われて何度も彼の地を訪れています。
撮影データを調べてみると1974年4月・8月・1975年4月・8月・11月そして12月延べ撮影日数も2週間以上で
しょうか。何かの因縁でしょうか。

リリーズと直接話す機会がありました。清水沢地区は昭和30年代には13.000人の人々が暮らしていたそう
です。それはそれは賑やかだったそうです・・・。
昔の清水沢に確か跨線橋あったよね?僕ねあそこで何回か寝袋で寝ましたよ・・・。あそこで・・・。
駅には売店もあり賑やかで、通学や乗り換えの高校生たくさんいたね・・・。よく知ってますね・・・。

1974年11月には駅前の“ツバメ電器商会”を見に行った話をした。
リリーズの父親はカメラ好きで良くSLを写したそうです。
当時はキャンデーズが好きだったがリリーズ・デビューも衝撃的でした。

生リリーズと呑む、このまま帰りたくない。まさに“リリーズと黄昏流星群”なんてね・・・。
夕張
“白昼夢”だね?!何も言うことは無いのですハイ!!
僕の初恋の人の名前も確か“真由美ちゃん”でした・・・。今頃どうしているだろうか・・・。 
夢なら覚めないでほしい、あわよくば40年前にタイムスリップしたいのです。

                                   ―“リリーズと黄昏流星群”おしまい―

40年目の6788会in夕張―40年後の夕張・時間旅行への招待― “清水沢にて”

40年目の6788会in夕張 ―40年後の夕張・時間旅行への招待― “清水沢にて”
夕張
清水沢駅前商店街にリリーズの生家“ツバメ電器商会”があった。
かつて大夕張鉄道が乗り入れていた広い構内は棒線化され人々の賑わいは無い。
夕張
静寂の清水沢駅・・・。
当時の清水沢を知る蒸機ファンはビックリするはずです。
新夕張~夕張の16.1 ㎞の廃止問題もあり・・・。
夕張市の人口は石炭産業華やかし頃が12万人で現在は9千人だそうです。
夕張
2015.12.24今でもリリーズの美貌は衰えていない。
夕張
かつては売店もあり、乗降客で賑わっていた。
撮影は1975年冬だろうか?!
40年目の6788会in夕張 ―40年後の夕張・時間旅行への招待― “清水沢にて”
プロフィール

高野 陽一

Author:高野 陽一
あなたは鉄道に感動したことがありますか?
いつの時代の、どこの国の、どんな線区の、どんな車輌や情景でもかまいません。
答えは明白です。それはあなたがカメラという映像媒体を通じて、あなたの魂(SOUL)が何かを感じ、あなたの魂(SOUL)をゆさぶった事にほかなりません。だから、あなたも僕も鉄道を今も撮影し続けているのです。
(社)日本写真家協会会員  (JPS)

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