1971.3.29 ---13歳・春物語--- 新津機関区にて

汽車物語
1971.3.29 ---13歳・春物語--- 新津機関区にて
左からC571[新]・D51331[新]・D51498[新]・D5175[新]

新津機関区には沢山の蒸機がたむろしていました。
但し残念なことに扇形庫に頭から突っ込んでいたのです。
その後に何度もお世話になる、C571[新]・D51498[新]が映り込んでいます。

それまで生きた蒸気機関車で撮影できたのは、八高線でのC58・D51だけでした。
この蒸機撮影行で、初めて9600・C11・C57を撮影することが出来て興奮したことを覚えています。
とりわけガキ鉄でもわかる、大正生まれの9600に感動したのです。

何故初めての泊りがけでの蒸機撮影行を、米坂線と羽越本線に選んだのか今でもどうしても思い出せないのです。
13歳のガキ鉄が、時刻表・ダイヤ・勾配・機関区を読み解き、夜行列車に乗り、宿に泊まり、飯を食い、知らない大人と話し、3泊4日の旅をするわけです。

この蒸機撮影行から、メモをすること、DJスタンプ押すこと、入場券を買うこと、駅弁の包装紙は持ち帰ることなどを、自分で勝手に決めました。

両親をどうやって説得し、資金はどこから出たのか、学校で学割をもらうのに先生に嘘をついて親戚に行くと言ったことなど・・・。
両親にも噓をついて、友人の家に外泊すると言ったことなど・・・。
どうせなら、北海道へ行けばよかったと、今でも真剣に思っています。

この蒸機撮影行こそが、僕の旅の、全ての始まりだったのかもしれません。

機会があれば、こんな旅の話を“宮澤孝一先生”と語り合ってみたいと思っています・・・。

語り尽くせない汽車物語 10話 “石打駅 雨の慕情” 1980年8月31日

上越
EF1620+EF58107 3002ㇾ 特急「北陸」

上越
EF16+EF15152の上り貨物列車。

語り尽くせない汽車物語 10話 “石打駅 雨の慕情”1980年8月31日

上越国境の守護神・補機EF16のお話しです。

貴方は上越国境のバルブは水上派ですか石打派ですか?撮影のしやすさでは石打駅に軍配が上がるようです。

その日は、台風12号(Norris)の接近により風雨波浪警報が出ていました。
そんな悪天候でも雨のバルブ狙いで撮影に向かいました。そろそろ上越線にEF641000番台が投入されEF16が
淘汰される日が迫っていた時代です。

驚いたことに石打では僕と同じ考えの鉄ちゃんが数人いて夜を徹してバルブ撮影に挑んでいました。

深夜の石打駅では、メインターゲットは寝台列車です。「北陸」「天の川」「能登」「鳥海」がやって来ます。貨物列
車も次々とやって来ます。補機EF16の解結作業を興奮しながらバルブ撮影で夜明かしをします。

高校生たちだろうか、比較的若い撮影グループが持ち込んだラジカセでは深夜放送が流されていた。
折からの雨、山間なので感度は悪いがリクエスト曲の八代亜紀の「雨の慕情」が流れ始めた時には正直しびれたのだ・・・。

石打で日常的に行われていた補機EF16の解結作業は、機関車同士の総括制御が行われていない為、それぞ
れの電気機関車に乗務員が乗り込んでいます。補機と本務機の二台の電気機関車のホイッスルと異なるモー
ター音が構内に響きます。

二台は力を合わせて標高256.61mの石打から、清水トンネル内にある茂倉信号場付近の標高676.82mの
サミットまでの26㎞間の標高差419.91mを最急勾配20‰と400R級の急曲線の続く難所を超えるのでした。

今でも、八代亜紀の「雨の慕情」を聞くと、あの石打の夜を思い出します。

夜の石打で会った何人かの鉄ちゃんたちは今頃どうしているだろうか?
今でも鉄ちゃんを続けているのだろうか?

EF16全廃1年後には、峠の守護神EF16のねぐらであった水上機関区は、長岡第二機関区に統合され廃止
されました。1930年8月15日、水上機関区開設以来52年の歴史に幕が下りました。(国鉄時代23号に掲載)

後日談:人気ブログ新潟鉄道記Ⅱさんの2016.1.16のブログを拝見していて、正にあの日あの時、台風接近
中の悪天候の石打で面識こそありませんが、どうやらお互いに肩を並べて「EF1620+EF58107北陸」に夢中
になって撮影していた様です。

語り尽くせない汽車物語 9話 1999.3.20 “はにかむ流し目” 昔の女学生の様に・・・。

山口
語り尽くせない汽車物語 9話 1999.3.20 “はにかむ流し目” 昔の女学生の様に・・・。

「やまぐち号」の最後の撮影が1987年5月なので、実に12年振りの再訪だった。
しかも目的は乗り鉄。車内を撮影したり、駅弁食べたりビール飲んだりと旅を楽しむ。
お気軽な“乗り鉄”一人旅だ。翌日は豊肥線の「SLあそBOY」に乗車する予定だ。

山口線で出会った友人たちのことを思いながら車窓から鉄ちゃんたちをウオッチングする目論見だ。
津和野までの沿線では、何人かの友人・知人を確認できて相変わらず鉄しているなぁと呟いてしまった。

この日のC571は「SLやまぐち号20周年記念号」だった。当日は天候も悪く気分も沈んでいた。
小郡駅で行われた記念式典も撮影したがなんだかなぁ、今一つだった。

ぼんやりと車窓を眺めていた時だった。車内通路をあるく和装の女性二人に目に留まったのだ。
若い美人さん?「ミスJRひろしま」のタスキが多少気に入らないが仕方がない。

地福の短い停車時間を利用して蒸機とコラボ撮影するの為に“素敵な和装のお嬢さん
(昔の女学生風)”を連れ出した。

停車駅では観光客も沢山降りてくるので、手際のいい撮影がポイントだ。
観光客や鉄ちゃんに邪魔されることなく撮影できたのだ。

この一枚は“はにかむ流し目”のカットを選んだのだ。
※たぶん知人からの声掛けに笑顔で答えたのだろう?

もちろん僕の好みは右側の“○香”お譲さまなのだ。
“○香”お譲さまの足袋の方角をみればセッティングの意味が分かるはず。

DJKOOへ ついにやっちまったな。記憶の上書き。
一度出した○言は○場まで持っていけ。なんてネ?


語り尽くせない汽車物語 8 話 1980.6.14 “Hotel New Grand” かもめが翔んだ日

横浜

語り尽くせない汽車物語 8 話 1980.6.14 “Hotel New Grand” かもめが翔んだ日

僕は昔11年間もの長い間、横浜市に住んでいました。
このお話は、横浜の“思い出”の一つです。

1980年6月13日~15日まで、高島貨物線(横浜臨港線・山下臨港線)をC581がスハ43系4両を
牽引して一日三往復する「SL横浜開港120周年号」が走りました。

首都圏での蒸機運転の為、想像以上の熱気溢れる人出に驚いた次第です。
日がな一日ニコンFM一台を首からぶら下げ、渡辺真知子の“かもめが翔んだ日”を
口ずさみながらのお気楽な撮影でした。C581のHMも確かブルーのかもめでした。

高島貨物線沿線をうろうろしながら結構歩いたと思います。
6月の港を渡る潮風は気持ちよく、港町のショップでハンバーガーとバドワイザーをいただくのです。
今回の撮影では、横浜港に係留されている“氷川丸”のデッキからの撮影がベストでした。
横浜のシンボルである“マリンタワー”や“Hotel New Grand”が画面に入ります。

とりわけ僕のお気に入りは歴史的建造物の“Hotel New Grand”(1927年開業、太平洋戦争
終戦後米国のSCAP[連合国最高司令官]としてDouglas Macarthurが来日して滞在する)でした。

Please Go シェイドの隙間に
So Sweet 振り向いたお前
Just Rain コートの襟立てて
So Long
部屋を見上げてた
見下ろす雨の歩道で
無理に微笑むお前さ
物憂い影を引くほど
たまらず Sexy in Blue
雨音が忍び込む
ニューグランドホテル
優しさに甘えない女だった 

時代は違うが1988年に矢沢永吉によってリリースされた“Hotel New Grand”は、
彼独特の渋い声が、当時を思い出し今でも心にしみるのでした。

もしもチャンスがあれば315号室の「マッカーサーズスイート」に宿泊してみたいのです。

語り尽くせない汽車物語 7話 “門デフC11254” 1974年/春

会津
喜多方 234レ

語り尽くせない汽車物語 7話 “門デフC11254” 1974年/春

会津若松機関区 55仕業を覚えているだろうか?
郡山16:27→会津若松18:21-18:49→野沢19:51 野沢行237レ
※郡山(ED77牽引)→会津若松(C11牽引)→野沢
野沢20:01→会津若松20:09 郡山行234レ
※野沢(DD51後補機C11)→会津若松(帰区)
夜間撮影しかできないが貴重な客車列車だった。
何度か会津若松や喜多方で夜間撮影を試みた。

会津・只見・日中線は東京からも近くよく出かけたのだ。
会津の空にC11の門デフは意外にマッチしていた。

会津
第三只見川橋梁 1491レ

昨年の秋頃だっただろうか?まことしやかに来年から大井川鐡道でC11が門デフ装備で走るらしい・・・。
話の出どこは不明だが会津田島に保存されているC11254の門デフの寸法を測りに来たとか・・・。
年末の忘年会でも噂になったが、今の時代画像UPがされてないので都市伝説扱いされてしまったのだ。
そしてC11190がイカロス出版の協賛によって見事に門デフ装備となった。
久しぶりに門デフを見に行き来たくなったのだ。

プロフィール

高野 陽一

Author:高野 陽一
あなたは鉄道に感動したことがありますか?
いつの時代の、どこの国の、どんな線区の、どんな車輌や情景でもかまいません。
答えは明白です。それはあなたがカメラという映像媒体を通じて、あなたの魂(SOUL)が何かを感じ、あなたの魂(SOUL)をゆさぶった事にほかなりません。だから、あなたも僕も鉄道を今も撮影し続けているのです。
(社)日本写真家協会会員  (JPS)

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