「我が心象鉄道の幻影」 その4  “思い出せない途中下車”

それは、たぶん、1970年代の終わりか、1980年代の始めだった気がします。

現役蒸機時代に、無煙化の早かった四国へは行くことがありませんでした。
無煙化後に、DF50を撮影すべく土讃線を何度か訪れています。

そんなある日のことでした。

我が

大歩危駅で下車する予定が、寝ぼけていたのか?隣の小歩危駅で下車してしまいました。
山間の何もない無人駅でした。
改札から階段を降りると、駅前にぽつんと、もみじ食堂がありました。

もみじ食堂で、女将に安宿を尋ねると、もうじき平賀温泉行の最終バスが来るからそれに乗ったらと勧めらました。
やって来たのは、ボンネットバスでした・・・。

当時の手帳を見ると、DF50の撮影記は、事細かに書いてあるのに・・・。
平賀温泉やボンネッバスは、メモ程度・・・。

あちきの記憶も曖昧で、画像が存在しているので、きっと平賀温泉に行ったのでしょう・・・。

昔の旅の記憶が、曖昧になって来た今日この頃である。 おしまい。

ブログ村に再び入村してしまいました!!
弊ブログは、貴方がよっぽど暇な時に見に来てくださいませ!!
少しでも、貴方の琴線に触れたならば、嬉しく思います!!
よろしければ、ポチッとお願いします!!

ポチッとした、その先に素晴らしい画像があるかもしれません??

心象風景写真も見に来てくださいませ!!

にほんブログ村 鉄道ブログ SL・蒸気機関車へ
にほんブログ村

にほんブログ村 写真ブログ 心象風景写真へ
にほんブログ村

「我が心象鉄道の幻影」 その3 “本か模型か実物か?”

我が心象鉄道の幻影

「我が心象鉄道の幻影」 その3 “本か模型か実物か?”

「鉄道讃歌」の本を見て“9200”に憧れました。
当時の日本では、当然の事ながら“9200”は影も形もありませんでした。

“9200”は僕の心の中に憧れとして深く刻まれたのです!!

我が心象鉄道の幻影
模型も購入してみました。よく見るとかなりボイラー重心が高いのです。改造を余儀なくされました。

我が心象鉄道の幻影

“9200”はアメリカのBALDWIN社で製造されました。

BALDWIN社の蒸機は、僕が海外蒸機を追いかけ始めた80年代以降に撮影するチャンスが訪れました。

そんなBALDWIN社の蒸機を探しに行きました。
アメリカ・キューバ・アルゼンチン・フィリピン・インドでBALDWINに会いましたが、
“9200”と同じ、2ft6inの罐には出会うことが出来ませんでした・・・。

ブログ村に再び入村してしまいました!!
弊ブログは、貴方がよっぽど暇な時に見に来てくださいませ!!
少しでも、貴方の琴線に触れたならば、よろしければ、ポチッとお願いします!!
きっと、きっと励みになります!!
今後とも、弊ブログの閲覧よろしくお願いします!!

ポチッとした、その先に素晴らしい画像があるかもしれません??

心象風景写真も見に来てくださいませ!!

にほんブログ村 鉄道ブログ SL・蒸気機関車へ
にほんブログ村

にほんブログ村 写真ブログ 心象風景写真へ
にほんブログ村


「我が心象鉄道の幻影」 その2 “精密模型を愛でる!!”

我が

我が

「我が心象鉄道の幻影」 その2 “精密模型を愛でる!!”

モデルワーゲン社、創業記念の9201のシンガーフィニッシュ1/87モデルです。

鉄道讃歌に憧れてこのモデルを購入しました。
1/87、12mmゲージが渋いでしょう!!

9201の模型をよく観察すると重心が高く感じられます。
一流のモデラーは重心を低く改造されていると聞きました。

ブログ村に再び入村してしまいました。
弊ブログは、貴方がよっぽど暇な時に見に来てくださいませ!!
少しでも、貴方の琴線に触れたならば、よろしければ、ポチッとお願いします!!
きっと、きっと励みになります!!
今後とも、弊ブログの閲覧よろしくお願いします!!

ポチッとした、この先に素晴らしい画像があるかもしれません??

にほんブログ村 鉄道ブログ SL・蒸気機関車へ
にほんブログ村

にほんブログ村 写真ブログ 心象風景写真へ
にほんブログ村





「我が心象鉄道の幻影」 その1 “鉄道讃歌シンドローム”

我が

「我が心象鉄道の幻影」 その1 “鉄道讃歌シンドローム”

昭和46年発行の、けむりプロ制作の“鉄道讃歌”愛蔵本を、何故か昭和48年に2300円で購入しました。
それは僕が高校1年の時でした。購入に至った動機は単に鉄道ファン誌の広告に掲載されていたのが理由でした。

古典蒸機も、ナロー蒸機も、台湾蒸機も、インド蒸機も知らない僕が、何かに引き寄せられたのです。
しかし“鉄道讃歌”の何が素晴らしさがかわかりませんでした・・・。
そして、購入から十年が経過したときに“鉄道讃歌”の崇高さがなんとなくわかって来たのです。

その頃には、既に理想とする鉄道情景が日本ではすでに失われていたのです・・・。

そして、海外に“鉄道讃歌”の様な情景を求めて探しに旅立つのです・・・。
阿里山のシェイには間に合いませんでしたが、ダージリンのB型蒸機には間に合いました。
海外には、理想的な“鉄道讃歌”の情景は豊富にありました!!

鉄道情景

鉄道情景

ある日のことでした、宮澤孝一先生と一緒に撮影する機会があり、鉄道趣味論について語り合いましした。

宮澤孝一先生は言いました。僕は鉄道車輛で“関西省電”が一番好きですが、高野さんは鉄道車輛で、
何が一番好きですか?とのその問いに迷いましたが“D51”ですと答えました。

僕は、C55、9600、C56、パシロ、WPと好きな蒸機形式は数々あれど、一番お世話になったのは正直
“D51”でした。無理のない模範回答でした。

このところ、仕事が忙しくてブログの更新がなかなかできません!!?
明日も、土曜日ながら朝から仕事です・・・。
貧乏暇なし状態が続くのです・・・・・・。トホホ・・・・・・。

ブログ村に再び入村してしまいました。
貴方が、よっぽど暇な時に見に来てくださいませ!!
少しでも、貴方の琴線に触れたならば、よろしければ、ポチッとお願いします!!
きっと、きっと励みになります!!
今後ともよろしくお願いします!!
ポチッとした、この先に素晴らしい画像があるかもしれません??

にほんブログ村 鉄道ブログ SL・蒸気機関車へ
にほんブログ村

にほんブログ村 写真ブログ 心象風景写真へ
にほんブログ村



予告編 「我が心象鉄道の幻影」

我が心象鉄道の幻影

予告編 「我が心象鉄道の幻影」

この軌道の先に何があるのかな???

僕が鉄道写真撮影を始めて、今年で半世紀・・・。
この半世紀で日本の鉄道は、スピード・効率・安全を優先した。
車輛の近代化、鉄道施設の近代化、多角経営、利益優先。素晴らしい鉄道会社になった。

但しその陰で、非効率な不採算路線は全て切り捨てられてしまった。
我田引鉄は死語となり、鉱業・林業の衰退による産業の変化に鉄道・軌道が次々に消えちまった。
自家用車の普及、トラック輸送のスピードと効率と価格に、人員移動と物資輸送を奪われてしまった。
今も、現在進行形で不採算路線の廃止に歯止めが利かない・・・。

だけど、僕らは、昭和時代に消えてしまった、鉄道・軌道・車輛・鉄道施設が愛おしい・・・。
あの頃は、夢があったな!! あの線路の先に何があるのだろう?なんてネ・・・。

我が心象鉄道の幻影

誰かからいただいた画像だ。 素晴らしい雰囲気だな!!

予告編ですよ!!乞うご期待あれ!!

ブログ村に再び入村してしまいました。
貴方が、よっぽど暇な時に見に来てくださいませ!!
少しでも、貴方の琴線に触れたならば、よろしければ、ポチッとお願いします!!
きっと、きっと励みになります!!
今後ともよろしくお願いします!!
ポチッとした、この先に素晴らしい画像があるかもしれません??

にほんブログ村 鉄道ブログ SL・蒸気機関車へ
にほんブログ村

にほんブログ村 写真ブログ 心象風景写真へ
にほんブログ村

プロフィール

高野 陽一

Author:高野 陽一
あなたは鉄道に感動したことがありますか?
いつの時代の、どこの国の、どんな線区の、どんな車輌や情景でもかまいません。
答えは明白です。それはあなたがカメラという映像媒体を通じて、あなたの魂(SOUL)が何かを感じ、あなたの魂(SOUL)をゆさぶった事にほかなりません。だから、あなたも僕も鉄道を今も撮影し続けているのです。
(社)日本写真家協会会員  (JPS)

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
フリーエリア
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
カウンター
カレンダー
04 | 2018/05 | 06
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -