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国鉄時代vol.25 2011・5月号

掲載誌
国鉄時代 特集EF58

掲載誌
昭和47年 初めての北海道旅行 カラー4ページ担当してます。

国鉄時代Vol.25 2011-5月号 特集 EF58

C62逢いたや・・・15歳中学生の夏の冒険
昭和47年 初めての北海道旅行    紅葉山倶楽部 高野陽一

■8月23日(水)
 青函連絡船の重低音の汽笛が「ボーッ」と鳴り我に返った。5便「八甲田丸」の潮風薫るデッキにたたずみ、前方に函館山を見据える。夢にまで見た北海道にまもなく上陸する。青函連絡船のスピードが落ちたと思ったら、船尾にタグボードが付いて、ゆっくりと旋回し船尾から着岸した。煙が立ち昇っているあたりが五稜郭機関区だろうか。着岸後タラップが掛けられ、長距離列車に乗り継ぐ乗客は、我先にと函館駅のホームを目指す。

 ―中略―

 わずか6泊7日(すべて車中泊)僕はたった一人で時刻表と蒸機ダイヤを読み鉄道で移動し、夢にまで見た
C55やC62を撮影し無事帰宅した。ぼくの15歳の夏の小さな大冒険はこうして終わった。
もちろん、反省点も多々ある。しかし楽しかった。
 この旅で自信をつけたのか、7か月後の1973年3月、僕は再び津軽海峡を渡る。

なぜ一人で北海道へ蒸機撮影に出かけたか、には訳があった。
 前年の中2の夏、昭和46年の事だ。同級生4人で九州蒸機撮影旅行を企てた。目的は大畑ループや、行き掛けの駄賃で布原のD51三重連も含まれる贅沢な計画だった。しかし4人組の結束はあっけなく崩れた。A君の離脱をきっかけに旅行は中止になった。誰の責任でもない、金も勇気もなかった結果だ。以来、僕は他人の責任にするのが嫌なので、行きたいときは一人でも撮影に行くと決めた。

昭和47年の夏の北海道と言えば、一年前に憧れのC62重連・急行「ニセコ」はDL化されてしまった。「ニセコ」を撮影できなかった、トラウマこそが僕の蒸機撮影の原動力に他ならないのだ・・・。

プロフィール

高野 陽一

Author:高野 陽一
あなたは鉄道に感動したことがありますか?
いつの時代の、どこの国の、どんな線区の、どんな車輌や情景でもかまいません。
答えは明白です。それはあなたがカメラという映像媒体を通じて、あなたの魂(SOUL)が何かを感じ、あなたの魂(SOUL)をゆさぶった事にほかなりません。だから、あなたも僕も鉄道を今も撮影し続けているのです。
(社)日本写真家協会会員  (JPS)

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