2013.4.28 磐越西線 “真紅の夕景”

磐西
2013.4.28 磐越西線 “真紅の夕景”
実に定番の撮影地ですが、手ごたえのあった画像でした。
ベコベコのデフとテンダーが印象的でした。
印象的な画像造りは光線を読むこととレンズ選びに他なりません。
昨日は磐西史上最高の人出と多くの“蒸機ファン”から聞きました。
今年はC61のギラリを求めてどれだけの“蒸機ファン”の放列が展開されるのでしょうか?

海外の鉄道写真を見ても“外人蒸機ファン”も考える事は同じです。
印象的な蒸機特有の動輪の良く見える斜光線を好みます。

2013.4.28 磐越西線 “風薫る”

磐西
2013.4.28 磐越西線 “風薫る”
清々しい五月晴れの風薫る昼下がりでした。
鯉のぼりと蒸機のコラボは失敗しC57を振り向きざまに連写しました。
ここから先は追い駆けをしません。のんびりと蕎麦でも食べに行きましょう。なんだかなぁ~。

『鉄道模型趣味』
最近の鉄道模型趣味誌のナローのジオラマ記事に目が離せません。
思わず“御上手”と声を上げてしまいます。
何故ナローのジオラマに魅力を感じるのかと言うと、人形の絶妙な配置です。
ジオラマの自然光による撮影が臨場感を生みます。

磐西

2013.4.28 磐越西線 “喜多方市街遠望”

磐西
2013.4.28 磐越西線 “喜多方市街遠望”
遠く磐梯山(標高1819m)のピークと喜多方市街を望む猥雑な撮影地です。
道路や駐車している車が邪魔なのです。

喜多方を出発した8233ㇾは、サミットの慶徳隧道まで上り勾配が続きます。
勾配は12‰前後の緩勾配ですがドコデモ煙が期待されます。
天気が良く視界が効けば数ヶ所で俯瞰撮影もできます。
あとは撮影者の腕と運を天に任せましょう・・・。

『一本の電話。友だちっていいよね!!』
昨晩、携帯にかかってきた電話の声に聞き覚えがあったのだ。
ディスプレイには堀〇君の名前が・・・。
「こんばんは!!珍しいねどうしたの?」
堀〇君は、僕の特雪の師匠で大変お世話になっております。勿論中国蒸機の撮影現場でも逢ってます。
「実は今、偶然神田の○○で花○さんと初めて逢って意気投合して呑んでいるところです!今電話、花〇さん
にかわりますね」
「もしかしてアニキ?ご無沙汰してます高野です」
「花○さんと堀〇君は友人なの?エッ偶然?何?共通の友人の僕の話で盛り上がってるって?」
花○さんとは、中国のシルクロードへ蒸機撮影に一緒に行ってるし、バンコクやパキスタンでも偶然お逢いして
ます。
「何?次の冬?フィンランドの“特雪”狙うの?」
「今度三人で呑もうよ!!」
「望むところです!と言うことで次回、三人で呑むことになりましたトサ!!」
海外鉄の世界は広いようで狭いのです。
僕の教義は、友達の友達は皆友達です。チョット「タモリ」チックですが・・・。


2014.4 安房森林軌道 “究極の現役ナローゲージ” 

ナロー
2014.4 安房森林軌道 “究極の現役ナローゲージ” 

すげえ場所に来たものだ・・・。
素掘りの隧道に白熱灯に狭軌軌道とくれば言うことはありません。
“究極の現役ナローゲージ” と呼んでも何も問題になりません。
それにしても暗いのです。デジタルでなければ撮影出来なかったと思います。
“この一枚”で遥々屋久島まできた甲斐がありました。

『漂白の旅への憧れ』
まだまだ地球上で行きたいところは山ほどあります。
現在は家庭があり、年齢的な問題もあり漂白の旅ができません。
若い頃に、もっともっと旅をしておけばよかったと思っても後の祭りです。
社会人になってから、あれだけ世界の蒸機を撮影できたことは奇跡としか思えません。

呑み会で聞く、70年代の台湾と東ドイツの現役蒸機撮影武勇伝に心ときめくのは僕だけでしょうか?
撮影に「if」は言いますまい・・・。


1991.8 ネパール “ジャナクプル鉄道” 昨日M7.8地震発生!!

ネパール
1991.8 ネパール “ジャナクプル鉄道”
いまから24年前にネパールを訪れています。
目的は、ネパールで唯一の鉄道を撮影するためです。
その鉄道は“ジャナクプル鉄道”と呼ばれており、れっきとしたインドとネパールを結ぶ国際列車でした。
狭軌(762㎜)の国際列車です。インド人とネパール人はパスポート無しで往来OKでした。
外国人には国境は開かれておりません。

当時は成田~バンコク~カトマンズと空路で移動し、カトマンズで車をチャーターしてカトマンズ観光の後に
陸路で350㎞を9時間15分かけ宿泊地のジャナクプルへ行きました。

『昨日M7.8地震発生!!大変な事です!!』
25日午前11時56分(日本時間同日午後3時11分)ごろ、ネパールの首都カトマンズ北西約80キロを震源
とする地震があった。米地質調査所(USGS)によると、地震の規模はマグニチュード7・8で、震源の深さは
約15キロ。ロイター通信はネパール内務省の情報として、ネパール国内で758人が死亡したと伝えた。

首都カトマンズの建物は、耐震や免震構造の建物はほとんどありません。
煉瓦にコンクリートの建物は、地震によって崩落します。
死傷者の殆どは瓦礫の下敷きだと思われます。死者は1万人以上になると思います。

現在エベレスト登山中の、アルピニスト野口健さん+なすびさんは御無事の様でなによりです。

ネパールは地震の頻発地帯。カトマンズでは、1934年にM8・4の地震が起きて
8千人を超える死者が出ています。決して他人事とは思えません。

亡くなられた方々に、ご冥福をお祈りします。 合掌・・・。

2013.4.28 磐越西線 “桜咲く喜多方盆地”

磐西
2013.4.28 磐越西線 “桜咲く喜多方盆地”
感じの良い“桜色”です。しかし、電線の処理はこれが限界でした。
どうやって撮影するか、ああでもない、こうでもないと迷うのが至福の時間かもしれません。

『欲しがりません勝つまでは』
おやおや、遂にでましたね。太平洋戦争時に国民の不満を抑圧するために生まれた戦時標語の一つです。
磐西D51+旧客をあきらめた結果の欲求不満を解消する為に、磐西C61は何とか行きたいものです。
我慢の時は、撮影日数を絞り込むしかありません。





2013.4.28 磐越西線 “阿賀野川に流された桜”

磐西
2013.4.28 磐越西線 “阿賀野川に流された桜”
やっぱ“日本的風景”(箱庭的風景)っていいよネ!!
昨年、彼の地を訪れるとこの桜がありません。
近くの道の駅で聞くと洪水で、この桜は流されたそうです。

『偶然の遭遇』
最近偶然なのか、よく知人に遭遇するのです。決して線路端ではありません。
①戸越銀座の路上でT女史と遭遇。声を掛けられてビックリです。
②大崎の路上で親戚のO女史と遭遇。こちらから声を掛けました。
③新宿の路上でT氏と遭遇。飲み友達ですがビックリしました。
④五反田の路上でI氏と遭遇。もしかしてIさんですか?と声を掛けました。
⑤勝どきの某ビルのエレベーター内でバッタリW氏と遭遇。10年振りの出会いです。
⑥福生の路上で親戚のFさんと遭遇。僕から声を掛けました。
全て、2~3か月間のお話です。
この確率は、なんだかな~っ!!
『宝くじ』でも買ってみるか?もしかして・・・。


1995.8 中華人民共和国 “海南島” 快楽室の誘惑

中国
1995.8 中華人民共和国 “海南島” 快楽室の誘惑
“海南島”に来た目的は解放型の撮影だ。
残念ながら“ミカイ”のプレート付き解放型や、日本国鉄9600型の廃車体は発見できなかった。

大カーブを俯瞰できる撮影地には、獣道すら無かったのだ。
柑橘系の棘のある樹木をかき分けながら、ようやくたどり着いた撮影地だった。
シャツやズボンが破れ、そこかしこに血が滲んでいたのだ。

解放型牽引の混合列車は、蒸機+貨車+客車+貨車の編成で、かつての五能線の混合列車を彷彿させる。
※無蓋車の白い積荷は袋入りの塩だ。

海南島は今も昔も、中国を代表するリゾート地なのだ。
5泊6日の海南島旅行中に、三亜ホテルに二連泊した(20年前の中国のお話だ)。

撮影を終えて、夜間に疲れた体でホテルに到着した。
チェックインを終えて、後はシャワーを浴びて食事と飲酒をして早く寝る、そして早朝の起床に備える
はずだったのだ。ところが状況が一変したのだ。

ロビーから宿泊する6階の608号室に向かうエレベーターに同乗していた東洋系女性はどう見ても
素人では無い!と直感したのだった。東洋系の若くて妖艶な露出度の多い衣装と怪しい麝香の香り?
ここは吉原か?新開地?中州?いやいや歌舞伎町なのだ!!
部屋に入室後、かんぱつをいれずにドアの隙間から一枚のチラシが入ってきたのだ。

チラシには赤字の広東語で“快楽室・・・”広東語の意味は全てわからないが、このホテルの地下2階
には、非合法の売りが有るということがわかった。問題はシステムだ?

同行のF氏が超得意とするアンダーグラウンドの世界が展開されているようだ!!
行くしかないのだ!!潜入取材なんて面白そうだ!!
“快楽室・・・”のチラシを握りしめ、ホテルの地下2階へ向かうのであった。

地下2階には扉は一つ、ドアの入り口には怪しい男たち(屈強では無い)がいたのだ。
怖いもの見たさで怪しい扉を開ける・・・。
何だこの匂いは?阿片?麝香?なんだか甘い香りが漂っている?この煙は何?初体験の香り?

僕は勇気を出して言った『希望告诉费用和系统?』(料金とシステムを教えて欲しい)
ここから先は想像にお任せします・・・。

当ブログは、エロ専門ではありません。
鉄ブログの倫理に抵触しますので、お話の続きは、いつか呑み会でお願いします・・・。

2000.1 パキスタン “ペシャワール”にて

パキスタン
2000.1 パキスタン “ペシャワール”にて

朝靄をついてHGSのプッシュプルトレインがやって来た。軌間は1676㎜の広軌だ。

1991年4月に初めてパキスタンを訪れた。勿論目的は現役蒸機の撮影だ。
この4月の時代背景は湾岸戦争でイラクが「国連安保理決議687」を受理し停戦となった月だ。
感想はエラい時期にエラい国に来てしまったと言うことだ。パキスタンの隣がイランでその隣がイラクだ。
湾岸戦争でパキスタンは多国籍軍として参戦していたが、パキスタン国内の掲示されているポスターを
見ると、同じイスラム教徒のイラクを支持していたのだった。

搭乗したPIA(パキスタン航空)はスチュワーデスではなくスチュワートにびっくり。
楽しみの酒もイスラム圏の為無し。
イスラマバード国際空港(現代はベナジル・ブット国際空港に改名)のタラップを降りると、
機関銃を持った兵士が乗客に鋭いガンを飛ばす。何だこの国は?!!
車での移動中にも、軍隊なのか市民なのか?あちこちで乾いた破裂音が響くのだった。
※それは湾岸戦争終結の祝砲だったのだろうか・・・。

2015.4 たまには近所の話題でも “高輪周辺”&“きたなシュラン”

レトロ
GW前に“蒸機”の話題では無く“東京&昭和”の話でも大サービスしましょうか?

ここは“高輪摩天楼”。正体は“高輪消防署二本榎出張所”。
時は1933年(昭和8年)落成。当時はここの火の見やぐらから東京市全体を見渡せたそうだ・・・。

2015.4 たまには近所の話題でも “高輪周辺”&“きたなシュラン”
気分転換と運動(ウォーキング)を兼ねて“東京オタッキー散歩”に出かける。
勿論いくつかのテーマも同時に消化するのだが。
東京の街は坂道が多く程よい運動になるのだ。坂道フェチの“タモリ”大先生のジャンルは犯すまい。
高輪の街は新旧が交差する不思議なエリアだ。散歩している大型犬もハイソなのだ。
この街に住んでみたいと言う僕の願望は、生涯叶うことはなさそうなのだ!!

レトロ
何だこれ!!?正に時代のエアーポケットなのだ!!
『區芝』 豊岡町六十一番地 『素の味』 実にシブイ!!レトロ町名琺瑯看板なのだ!!
芝区とは1878年(明治11年)から1947年(昭和22年)にかけて東京に存在した区だ。
※ちなみに“廣田先生”の生家は隣の町会の『芝區三田綱町』なのだ。
現在の住所は魚籃坂近くの港区・三田なのだ。

レトロ
2020年に品川~田町間に開業予定の駅。
高輪駅にはならないと思うが?・・・。僕の予想は4番人気の『東京サウスゲート駅』ではないだろうか?

レトロ
品川駅はなぜか港区高輪三丁目なのだ!!知ってました?
品川駅東口に林立するオフィスビル街のすぐ近くに“天華”はある。
そこは正に昭和の、のれんが旗めいていたのだ!!

レトロ
一度は食べたかった名物“コショウラーメン”800円。
タンメンに大量のコショウがのっているのだ。おためしあれ!!

レトロ
お~っ!!随分シブイ店だと思ったらやっぱり“きたなシュラン”か!!
プロフィール

高野 陽一

Author:高野 陽一
あなたは鉄道に感動したことがありますか?
いつの時代の、どこの国の、どんな線区の、どんな車輌や情景でもかまいません。
答えは明白です。それはあなたがカメラという映像媒体を通じて、あなたの魂(SOUL)が何かを感じ、あなたの魂(SOUL)をゆさぶった事にほかなりません。だから、あなたも僕も鉄道を今も撮影し続けているのです。
(社)日本写真家協会会員  (JPS)

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
カウンター
カレンダー
03 | 2015/04 | 05
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 - -