2015.10.31 事務所・兼住居・移転と“ブログ休止”のお知らせ

その他
2015.10.31 事務所・兼住居・移転と“ブログ休止”のお知らせ

事務所からの眺め、山手線E231系を望みます。そろそろ順次E235系に置き変わります。
一昔前はここでEF5861など撮影したものです。画面左奥が新宿副都心です。
それにしても都会はランニングコストが高杉晋作です。
それでは老後が遊べません。とっとと尻尾を巻いて退散しまヒョ!!

その他

1975年10月31日丁度40年前の今日。
最後の蒸機を撮影すべく急行「八甲田」の乗客となったのでした。目的地は勿論夕張線です。
結果的には、その一ヶ後に6788ㇾを求めて再び津軽海峡を渡ります。
チョットだけ悪あがきした青春時代を懐かしく思います。
蒸機へのモチベーションは現役蒸機亡き後も続きました。

東京西部の郊外に“アトリエ・兼○○秘密基地・兼終の棲家”が遂に完成しました。
ライフスタイルの革新的変更を行い、目指すは“所ジョージさん的・生き方”です。
移転の為、暫くブログを休止します・・・。

嗚呼、羽田・成田空港に銀座・築地に新幹線駅が遠くなりにけり・・・。
多摩川と温泉と大自然だけは近くになりにけり・・・。
近所にあるのはコンビニ一軒と簡易郵便局だけ。
最寄りの駅前は寂れ、生き残ったのは怪しい飲み屋とパチンコ店だけ。
買い物は郊外の大型店舗となり、コストコすら守備範囲。なんとアメリカ的生活なのだ。

遠くで聞こえるE233系のモーター音と懐かしきTouch-and-go landing sound ・・・。
軍用機影が頭上をかすめる屋上から遠望する霊峰富士山。そんな楽園に帰還するべし!!
電車のドアは半自動、まごまごすると乗り越しダ、“米タン”見たけりゃ一度はおいで!!
それでもここは東京都。JR的に解釈すれば「東京近郊区間」なのだ。

そのた

じっと屁をこき春を待つ・・・。
予告:復活の日は2015年12月24日。そうです、あれから40年目の記念日に・・・。
それではまた、お逢いする復活の日まで・・・。バッハハーイ!! 

                   © 蒸気機関車 SOUL TRAIN ’s  拝

2014.4 安房森林軌道 “日本最後の秘境軌道” 

ナロー
2014.4 安房森林軌道 “日本最後の秘境軌道” 
屋久島また行きたいなぁ~!!Aさん来年も行きましょう!!
この酒井工作所製C17形4.8t機1/48 不思議なことに模型化されたことがありません。出来る事ならOナローで
モデルワムさんで作成していただけたら嬉しいのに!!と思います。

これからの趣味の方向性について考えています。
確かに蒸機の撮影は楽しいですし今後も続けると思います。但し撮影日数は激減中です。
視力の劣化する年齢的な問題を考えると、模型鉄道も再開しなければなりません。
遥か昔の中学高校時代に模型鉄道を始めました。しかしイツデモできる模型鉄道より去りゆく蒸機撮影に的を
絞りました。やがて社会人になり金と休みの余裕が出来た時に世界の蒸機を見に出掛けました。
その間もせっせと好みの模型車輌だけは買っていました。今こそレイアウトに挑戦する最後のチャンスです。

“出口のない海”回天特別攻撃隊のお話しです?!わかるかな~っ?!
画像の様に間もなく出口のない素掘りの隧道に突入します・・・。
先ずは“弊ブログ”休止のファイナルカウントダウンから始めましょう。
年末から年度末にかけて忙しくなりそうです。 なんだかな~っ。

2014. 大井川鉄道 五穀豊穣 “祭女子の微笑み”

大井川
2014. 大井川鉄道 五穀豊穣 “祭女子の微笑み”
ちょっと待って、ちょっと待って、そこの“小粋なお姉さん”チョットだけお時間下さいネ!!なんてネ!!
随分と祭を撮影してきました。チャンスがあれば鉄道と祭りを絡めたい欲望があります。試に各地で“祭と電車”
で挑戦してみました。“祭鉄”の始まりです。結果はシャッターチャンスはあるものの難易度はかなり高いと感じま
した。なんとか“祭鉄”らしい絵が撮れるまで20年ぐらいかかったでしょうか?

ところが“祭と蒸機”を絡めるチャンスは一筋縄では行きません。蒸機の運転状況を鑑みても“祭と蒸機”撮影
は全て“千載一遇チャンス”と断言できます。そこに人物の表情まで加わります。
目的の画像をゲットできた喜びは筆舌に尽くしがたいものがあります。
祭りは良いよネ。祭囃子を追い駆けて・・・。祭りは春までお預けです。

最近、人がらみの写真が撮りにくくなりました。肖像権の問題もありますし、下手すれば警察への通報もありうる
でしょう。最悪の事態も考えられます。
ある年の夏の事でした。あしたのジョーの聖地“山谷”を取材中に、○○連中に凄まれすべての画像データを消す
破目になりました。もう若くない僕が久しぶりに体験した恐怖でした!!下手すれば○○○でした!!

撮影対象の難易度の高い順番に①若い女性②通学中の女性③厳つい男性集団(祭関係)④子供の集団ですね!!
これはヤバイと思ったら謝罪・撤退の臨機応変の対応も必要です。
くわばらくわばらと肝に 銘じましたトサ。〆

2013.10.29 只見線 “黄昏の会津盆地を行く”

只見
2013.10.29 只見線 “黄昏の会津盆地を行く”
大きくカーブして直線を進み、また進行方向を変え大川橋梁を渡り会津若松を目指します。
光が当たるか影になるかのギリギリの選択でした。

千日回峰行に挑む釜堀浩元(こうげん)住職(41)の画像を見た!!
天台宗・比叡山延暦寺の荒行「千日回峰行」に挑んでいる釜堀僧侶が、最大の難関とされる9日間、飲まず
食わずのうえ眠ることもできない「堂入り」の行を終えましたと報じておりました。
千日回峰行は延暦寺第三世座主・慈覚大師の弟子、相応和尚(831~918)が創始。1000日間で地球1周に
あたる4万キロを歩く。堂入りは700日目から始まり、終了すると「当行満阿闍梨(とうぎょうまんあじゃり)」となり、
不動明王の化身(生き仏)として信仰の対象となる。
阿闍梨様への道。凄い!!この話を聞いていると改めて自分の悩みがチッチャイことがわかりましたトサ。

2014.11.4 只見線 “八連のコンクリートアーチを行く”  旅の記録から

只見
2014.11.4 只見線 “八連のコンクリートアーチを行く”
決して大きくないコンクリートアーチですが沿線では貴重な撮影地です。
道路が沿っているのでアングルを決めるのに苦労します。只見川の対岸からも俯瞰で狙えます。

1989年11月の事でした。
何故か蒸機の消えた会津地方を旅をしています。目的は恐らく只見線の紅葉と橋梁巡りでした。確か僕とF君と
Aさんとの三人での最初で最後の組み合わせの旅でした。沿線の紅葉は素晴らしく気動車を撮影しローカル線
もいいなあぁ~っ!!と感じたものです。久しぶりに訪れた只見線は蒸機が消えて静かな沿線でした。貨物列車
も廃止されているものの、タブレット閉塞や硬券の入場券が存在し古き良き鉄道が残っていました。
ひなびた温泉に浸かり、そばを食べました。印象的だったのは会津の帰路の山中で見た木造校舎でした。
                                                 旅の記録から

2013.10.29 只見線 “落ち葉の舞い散る峠路”

只見
2013.10.29 只見線 “落ち葉の舞い散る峠路”
偶然の産物ですが、沢山の落ち葉が客車の屋根に積っています。
汽車は会津板下から塔寺へと急勾配に挑みます。
せっかく乗った落ち葉も最初のトンネル突入で屋根から全て吹き飛ばされましたトサ。

落ち葉の舞い散る 停車場は
悲しい女の 吹きだまり
だから今日もひとり 明日もひとり
涙を捨てにくる
真冬に裸足は 冷たかろう
大きな荷物は 重たかろう
なのに今日もひとり 明日もひとり
過去から逃げてくる
一度離したら 二度とつかめない
愛という名のあたたかい 心の鍵は
最終列車が 着くたびに
よくにた女が 降りてくる
そして今日もひとり 明日もひとり
過去から逃げてくる

奥村チヨ 『終着駅』 より

2014.4 安房森林軌道 究極の“雨の表現” 

ナロー
2014.4 安房森林軌道 究極の“雨の表現” 
屋久島は「月に35日雨が降る」と言われています。ぐちゃぐちゃとぬかるんだデルタ線が魅力的です。
実際に訪れてみると毎日雨が降りました。
その雨を表現した安房森林軌道の1/48スケールで模型で表現できたらなんてネ?! 夢かナ・・・。

ナロー
2015.10.4 第11回軽便鉄道模型祭
ところがドッコイ第11回軽便鉄道模型祭で“神の手”を見たのです?!
驚きました個人的な好みですが、石井伸明さんが制作された、雨の基隆炭礦をベースとした“坑車総站”の
水(雨)の濡れた表現に完全にノックアウトです。悪条件を逆手にとっての“お見事”です。

何か僕のレイアウトの表現の方向性におぼろげながらl少し光が射してきましたトサ。

2014.11.4 只見線 “滝谷橋梁・上段” 千尋の谷の記憶

只見
2014.11.4 只見線 “滝谷橋梁・上段” 千尋の谷の記憶
汽笛が聞こえてから、滝谷橋梁を渡り始める瞬間までがワクワクします。
この日は気温が低かったので理想的な灰色の煙を出しながら通過していきました。

初めて滝谷を訪れるたのが昭和46年12月で中学2年の冬休みでした。雪が多くびっくりした記憶があります。
“鉄道ファン誌”で見た滝谷橋梁をどうしても撮影したかったのです。会津若松から滝谷までC11312牽引の
列車に乗ってやって来ました。確か一人旅の不安から大人の蒸機ファンの後に付いて行きました。
雪の積る滝谷橋梁の線路の脇にある退避用通路を渡ります。手すりに捕まりながらおっかなびっくりと千尋の
谷を渡り切りました。高所恐怖症は今も治癒することはありません。
滝谷橋梁を俯瞰する場所に辿り着きC1164牽引の客車列車を写し帰路に着きました。
                                      千尋の谷の記憶より      

2009.11.21 B6 “穏やかな秋の日に”

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2009.11.21 B6 “穏やかな秋の日に”
随分と肌寒くなってきました。蒸機の白煙が美しい季節到来です。
そろそろ“汽車見”に出掛けましょうか・・・。

僕らは情報過多の時代に生きています。パソコンの普及と進化によって確かに便利になりました。
鉄道趣味一つとってもアナログからデジタルになり一撮入魂からバリバリ撮って選ぶ時代になりました。
自分が撮影したアナログ時代に何故ここでシャッター押さなかったの?シャッターチャンスのミスなど・・・。
とりわけやりなおしのきかない夜間撮影は、良く偶然に頼ったものです。
デジタル化になって夜間撮影のミスが少なくなり、一番ありがたいのが露光ミスの救済です。露光ミスで失敗
した画像がゾンビの様に蘇るのです。嬉しいかぎりです。

2009.10.4 よみがえれボールドウィン実行委員会主催 “根利森林鉄道まつり”

ナロー
2009.10.4 よみがえれボールドウィン実行委員会主催 “根利森林鉄道まつり”
場所は群馬県沼田市利根町の林野庁森林技術総合研修所林業機械化センターです。
まるで朝の機関庫の様相を呈しています。

左からボールドウィン3号機、ホイットカム ガソリン機関車、協三工業 10tディーゼル機関車でDLは動態保存機
です。
中央にあるホイットコム製ガソリン機関車(長野営林局7号機)ですが、この機関車、1926(大正15)年生まれの
ボールドウィンに匹敵するオールドタイマーです。エキゾーストノートにしびれます。

ジャパン・ナローゲージ・コンベンションの夢
アメリカで毎年開催されているナローゲージ・コンベンションはナローの祭典です。
内容は実物の車輌のデモ走行(乗車)や模型やレイアウト見学などです。
さすがアメリカスケールがでかいと唸らせるものがあります。

日本でも近年ナローゲージの動態保存が盛んになって来ました。模型レイアウトも成熟してきました。
※2 ft 6 inなら丸瀬布・木曾谷(赤沢・王滝)・屋久島
※2 ftなら立山(2000年国際トロッコサミット開催)・成田ゆめ牧場
数々の制約や資金の問題があると思います。但し国際トロッコサミット開催の実例もあります。
例えば木曾谷の赤沢と王滝で合同で森林鉄道祭りを行い、車輌を沼田林業機械化センター・丸瀬布・那珂川
清流鉄道保存会等から車輌を陸送し会場で運転する。軽便鉄道模型祭も現地開催する。
こんな夢のジャパン・ナローゲージ・コンベンションが開催されたらなぁ~っ!!と思います。
僕が勝手に思うのがキーマンはネコ・パブリッシングの名取編集局長しかいないでしょう・・・。
プロフィール

高野 陽一

Author:高野 陽一
あなたは鉄道に感動したことがありますか?
いつの時代の、どこの国の、どんな線区の、どんな車輌や情景でもかまいません。
答えは明白です。それはあなたがカメラという映像媒体を通じて、あなたの魂(SOUL)が何かを感じ、あなたの魂(SOUL)をゆさぶった事にほかなりません。だから、あなたも僕も鉄道を今も撮影し続けているのです。
(社)日本写真家協会会員  (JPS)

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