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1990.1 中華人民共和国 包蘭線・中衛 “トンゴリ砂漠に降る雪” 

中国
朝ホテルで目が覚めると、雪が降っていた。
トンゴリ砂漠で雪と蒸機が撮れる。早朝まだ暗いなかホテルを出発する。
今朝もよく冷える。気温-23℃、快晴無風。最高の条件が揃った。

前進型重連の不規則な空転が遥か彼方から聞こえてきた。
ゆっくりと近づいてくるブラスト音に興奮を覚える。

中国
“フイルムの時代”
宿では撮影したフイルムの管理に余念がない。
中国料理と酒が、はあまり口に合わないので日本から、食品や酒も持ち込んでいる。
移動が比較的少ない滞在型撮影なので支障はない。

1989年12月27日から1990年1月7日まで11泊12日でシルクロードに蒸機を撮影に来た。
一番の問題は会社の有休取得だった。
当時の僕は24時間働けますか?の多忙なリゲイン・サラリーマンだったのだ。

会社には、いろいろと借りを作ってしまったことは今となっては懐かしい。
当時の僕の、座右の銘は「行けるうちは行け!なにがなんでも行け!」必ず行けなくなる時(未来)が来る。

撮影地は「包蘭線・中衛」と「蘭新線・烏鞘嶺」だけに絞った。
未開放地区も含まれている為、シルクロードではイギリス人・スイス人の鉄ちゃんとは遭遇したが、
日本人の鉄ちゃんと出会うことはなかった。

今回の撮影旅行の成果は、蒸機列車を約120列車を撮影したことだ。
(ほとんどがQJ型重連。QJ三重連もあり。JFの列車もあり。)

撮影したフイルムの本数は、35㎜が、RDP38本・PKR37本・PKL6本。
                ブローニーが、RDP48本・TMY10本。 合計109本。驚きの数値だ。

2016.2.21 釧網本線 C11冬の湿原号+丹頂鶴+呑み会 ツアー ⑦ 完

釧網
2016.2.21 塘路~茅沼 「サルルン展望台・三角点」

三角点登頂の駐車場まで来ると先客は1台のみ。新雪で登り口が埋まってしまいました。
どこから登るか迷ってしまいます。後から来たスノーシューを装備した、札幌のファンの足跡に続くことにします。
ところが彼は線路端で構えるようです(駐車場の先客も線路端でした)。

稜線まで出れば三角点到達は可能なはずです。
それにしても新雪の斜面は滑ります。

おや?獣の足跡を発見しました。遠くの上の斜面にエゾシカの群れがいます。
エゾシカが登れれば人間が登れないはずがありません。
稜線目指してエゾシカの足跡を追います。新雪に足を取られながらゆっくりと登ります。

駐車場から三角点まで雪の無い季節なら30分で行けますが、しかし新雪で足を取られて60分もかかりました。
蒸機が来る15分前にやっとたどり着いた「サルルン展望台・三角点」に感動しました。
この日の三角点での撮影は、たった二人だけでした。
煙こそショボいですが道東らしい絵面に満足しています。
※ここでもびっくりするほど樹々が伸びています。伐採されない限り撮影はまもなくできなくなります。

釧網
エゾシカさんたちありがとう。
おかげさまで雪に埋もれた獣道を辿ることによって、うまく撮影できましたトサ。

釧網
稜線で見た光景。雪と風の芸術です。

釧網
サルルン展望台は、まともに風を受け、とても寒いのです。

釧網
「ゆうづる」鶴居村にて。

どんなに素晴らしい機材を所有した中国人富裕層たちも、ジンバルヘッドを駆使する欧米の愛好家たちも、
こんな絵面は撮れないでしょう?

アベレージを狙うか、イメージと感性で狙うかの違いでしょうネ!
さてさて、どちらに軍配が上がりますことやら?
                                                    
それではバッハッハーイ!!


プロフィール

高野 陽一

Author:高野 陽一
あなたは鉄道に感動したことがありますか?
いつの時代の、どこの国の、どんな線区の、どんな車輌や情景でもかまいません。
答えは明白です。それはあなたがカメラという映像媒体を通じて、あなたの魂(SOUL)が何かを感じ、あなたの魂(SOUL)をゆさぶった事にほかなりません。だから、あなたも僕も鉄道を今も撮影し続けているのです。
(社)日本写真家協会会員  (JPS)

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