Episode Ⅹ ―中途半端な・42年前の今日へ― 第6日目 “74春闘勝利号”

北海道
Episode Ⅹ ―中途半端な・42年前の今日へ― 第6日目 “74春闘勝利号”

1974.3.31(日)  函館本線・深川“74春闘勝利号”
いよいよ明日から新年度です。当時は4月から高校2年生でした。

1974.3.25.(月)に高校1年の修了式が終わり、3.26(火)から4/7(日)まで12泊13日で山本シェフと二人で
北海道蒸機撮影旅行に出かけました。不覚にも塩狩YHに一泊しましたが、他は全て夜行列車での宿泊
でした。若いって素晴らしと今も思います。

3.31(日)は、いよいよ旅の中盤戦です!連続の夜行列車で体力も消耗ぎみで疲れています。
前日は、釧網本線の北浜、浜小清水と撮影し、いつもの急行“大雪5号”で早朝の深川駅に降り立ちました。
この春は全体的に雪が少なめでした。

留萌本線の峠下や恵比島で撮影を済ませ深川へと戻ってきました。
素直に“ナメクジ重連”の発車を狙えばいいのに何故か構内の外れまで歩いてきてしまいました。
ご覧の通りセキの石炭満載の重量列車ですが“スカ”です。
D514のテンダーの“74春闘勝利号”も残念です。

今回の旅行で撮影できたのが、9600、C55、C57、C58、D51、D61の6形式で、瀬棚線と標津線のC11を撮影
することは日程的に叶いませんでした。

さて今日の夜も急行“大雪5号”に乗って、翌日は遠軽→紋別→上興部と9600を撮影する予定です。

その後に、機会がありましたら“Episode Ⅹ”を時系列で東京出発から到着まで細かく発表したいと思います。

語り尽くせない汽車物語 10話 “石打駅 雨の慕情” 1980年8月31日

上越
EF1620+EF58107 3002ㇾ 特急「北陸」

上越
EF16+EF15152の上り貨物列車。

語り尽くせない汽車物語 10話 “石打駅 雨の慕情”1980年8月31日

上越国境の守護神・補機EF16のお話しです。

貴方は上越国境のバルブは水上派ですか石打派ですか?撮影のしやすさでは石打駅に軍配が上がるようです。

その日は、台風12号(Norris)の接近により風雨波浪警報が出ていました。
そんな悪天候でも雨のバルブ狙いで撮影に向かいました。そろそろ上越線にEF641000番台が投入されEF16が
淘汰される日が迫っていた時代です。

驚いたことに石打では僕と同じ考えの鉄ちゃんが数人いて夜を徹してバルブ撮影に挑んでいました。

深夜の石打駅では、メインターゲットは寝台列車です。「北陸」「天の川」「能登」「鳥海」がやって来ます。貨物列
車も次々とやって来ます。補機EF16の解結作業を興奮しながらバルブ撮影で夜明かしをします。

高校生たちだろうか、比較的若い撮影グループが持ち込んだラジカセでは深夜放送が流されていた。
折からの雨、山間なので感度は悪いがリクエスト曲の八代亜紀の「雨の慕情」が流れ始めた時には正直しびれたのだ・・・。

石打で日常的に行われていた補機EF16の解結作業は、機関車同士の総括制御が行われていない為、それぞ
れの電気機関車に乗務員が乗り込んでいます。補機と本務機の二台の電気機関車のホイッスルと異なるモー
ター音が構内に響きます。

二台は力を合わせて標高256.61mの石打から、清水トンネル内にある茂倉信号場付近の標高676.82mの
サミットまでの26㎞間の標高差419.91mを最急勾配20‰と400R級の急曲線の続く難所を超えるのでした。

今でも、八代亜紀の「雨の慕情」を聞くと、あの石打の夜を思い出します。

夜の石打で会った何人かの鉄ちゃんたちは今頃どうしているだろうか?
今でも鉄ちゃんを続けているのだろうか?

EF16全廃1年後には、峠の守護神EF16のねぐらであった水上機関区は、長岡第二機関区に統合され廃止
されました。1930年8月15日、水上機関区開設以来52年の歴史に幕が下りました。(国鉄時代23号に掲載)

後日談:人気ブログ新潟鉄道記Ⅱさんの2016.1.16のブログを拝見していて、正にあの日あの時、台風接近
中の悪天候の石打で面識こそありませんが、どうやらお互いに肩を並べて「EF1620+EF58107北陸」に夢中
になって撮影していた様です。

2016.3 旧釜口水門建設工事のPLYMOUTH を見に行く

ナロー
2016.3 旧釜口水門建設工事のPLYMOUTH を見に行く

多少の汚れは有りますが保存状態は良好です。
諏訪湖の釜口水門の近くに保存されています。

ナロー
正面から見ても重厚感があります。

ナロー
説明版です。

ナロー
やはり“フリクション・ドライブ”でした。

ナロー
“フリクション・ドライブ”から“チェーン・ドライブ”へと動力が伝導します。
コンパクトデジカメのお陰で、こんな画像が撮れるようになりました。

さぞかし走行音はエンジン音とともにガチャガチャとうるさかったと思われます。
もし大きくてデブなアメリカ人が運転したらキャブからはみ出ることでしょう!!

2014.4 安房森林軌道 “ジャングル・トレイン” さながら秘境軌道のごとく

ナロー
2014.4 安房森林軌道 “ジャングル・トレイン” さながら秘境軌道のごとく

試しにグーグルアースで安房森林軌道をググッテみて下さい。
上空から見ても軌道の様子がよくわかりません。理由は線路脇に密集した森があるからです。

屋久島の“安房森林軌道”の撮影では、よく雨に降られました。
フイルムカメラではおそらく撮影できなかったと思います。露出に厳しい条件でした。
とにかく線路端が濡れていてよく滑るのです。

大きなシダ類や本土で見たことのない巨木など野趣溢れる秘境軌道でした。

なんだか音は小さいですが、水が流れる落ちる音や、水が跳ねる音が聞こえてきました。
小さな滝ですね!!この場所で豪雨の時に撮影してみたいものです。

こんな一枚がGetできれば、遥々本土からやってきた甲斐があるというものです。 

地方私鉄行脚(あんぎゃ)の記録 4話 “小川駅ローズピンクのE51の思い出” 1970年1月1日

西武
1970年1月1日 小川駅。木製のホームに待合室にベンチが時代を感じさせます。
正月でも貨物列車が運転されていました。
積荷は隣接するブリヂストン東京工場からの出荷でしょうか。

西武
1970年1月1日 貨物列車には西武のワフ8が連結されています。

地方私鉄行脚(あんぎゃ)の記録 4話 “小川駅ローズピンクのE51の思い出” 1970年1月1日

西武鉄道に頻繁に貨物列車が走っていた時代のお話しです。

自宅からそう離れていない小川のお話しなので、行脚とは大げさな話かもしれません。
僕は小学6年から高校1年までの年末は、東村山にあった親戚の“蕎麦屋”でアルバイトをしていました。
決して大きくない店舗でしたが、近隣にライバル店が無く年末は年越しそばで、ネコの手も借りたいほどの
忙しさでした。

学校の冬休みは12月26日から1月7日までの13日間でした。

12月26日の朝から、年越しそばの終わる12月31日の深夜まで6日間働き1月1日の午前中に帰宅しました。
蕎麦屋の仕事内容は、ハシの袋詰め、食器洗い、薬味のネギの機械によるスライス、食材のカット、出前
の手伝い、店の掃除、子供の世話と多岐にわたりました。慣れてくると厨房で簡単な料理を作りお客様に
提供していました。小中学生の社会勉強として頑張りました。

報酬は、お年玉込みでなんと1万円+αの破格の待遇でした。まるでインドの子供の様に働きました。

短期バイトが終わると、その足で親戚の本家へ挨拶に伺いお年玉の回収に行くのが常でした。

帰宅するには必ず小川を経由しますので、まずは新年の撮り初めは西武の電機からでした。
中学2年の冬からは、帰宅後の1月1日の夜から短い期間ですが一人で東北へ蒸機を撮影に出掛けました。

※国鉄時代vol.45の付録DVDに西武鉄道E51形の映像が含まれていました。

3/26(土)昨日も千代田区・中央区・大田区・中野区へと所用で出かけました。
中央線の車内で偶然にも廣田先生と出会いました。
確か傘寿のお祝いを過ぎているのにお若いこと、これから東京駅にダイヤ改正の取材だそうです。
そのとき僕の頭の中に“生涯現役”とは廣田先生の為の言葉だなぁ~っ。と、思いました。
廣田先生は、僕ら“おじさん鉄”の“指針”として間違いないと思います。

1996.9 インドネシア  “ラック蒸機とKさんとの思い出”

インドネシア
1996.9 インドネシア  “ラック蒸機とKさんとの思い出”

旅の思い出は、蒸機の画像や記念写真と共に永遠に記憶されます。
Kさんと出会ったのは、僕がRMに“パキスタン蒸機”を掲載したことがきっかけでした。
その後にRM編集部を通じてKさんからアプローチがありました。

たぶんお互いにシンパシーを感じたのではないでしょうか?
その後にKさんとインドネシア・タイ・ポーランド・アルゼンチン・パキスタン・南アフリカ・ジンバブエと、
実に7ヵ国もの多くの国を一緒に撮影に行きました。
当時の僕もKさんも何とか資金は工面できるが、仕事が忙しくて休みが取れない状態でした。
それでも何とかして、会社から有給休暇を捻出させることに成功して、
“弾丸撮影ツアー”を無理やり何度となく実行してきました。

そんなある日の事でした。
当時の僕が勤務する会社で、とうとう僕にも“地獄の研修”参加の順番が廻ってきたのです。
当時はやりの“地獄の特訓”とでも申し上げましょうか。
何が地獄の研修か特訓か?管理者への義務なのか?更にステップアップするための登竜門なのかわ
かりません。管理者がこんな奇妙な研修を受けることによって、組織が経営が利益がUPするのかも僕
にはわかりませんでした。

研修期間中の一週間は携帯を没収され、いかなる場合も外部との連絡はシャットアウトされます。
早朝から深夜まで、知力と体力、共同と調和。ディベートなんて最悪だし、なぜ倒れるまで走るの?
“地獄の研修”では多くの社員が脱走しました・・・。
研修最終日の昼食がカレーだと?ここは海軍か?

てなわけで僕は無事“地獄の研修”を卒業しました。ただし強烈な筋肉痛と声が出なくなったが・・・。
卒業証書をいただき、携帯を返してもらい携帯を見て聞いて驚いてしまいました。

たった一週間世間から隔離されただけですが、Kさん死去。通夜○月○日○時から・・・。
葬儀○月○日○時から・・・。と、多数の連絡ください伝言・・・。
日付を確認すると“地獄の研修”中に事の全てが終わっていました・・・。
僕って薄情なのだろうか?別れに言い訳はできないのです。   合掌

後日談。理由は定かではありませんが管理者の“地獄の研修”は廃止になりましたトサ。

インドネシア
1996.9 インドネシア  “ラック蒸機とKさんとの思い出”

この撮影行で、その後のインドネシア蒸機撮影で大変お世話になる“リニアントさん”と出会いました。
その後に妻となる女性との婚前旅行では、インドネシアのジャワ島からバリ島まで蒸機撮影&観光した
時にも“リニアントさん”に運転手兼、通訳をしてもらいました。

今宵はなんだかしんみりしてきましたトサ。

2016.3.25 ブログ開設 3年目へ突入!!

盤西
2016.3.25 ブログ開設 3年目へ突入!!

ブログを開設したのが2014.3.25でした。目的は富士フォトサロン六本木の写真展の告知でした。

その後は毎日更新を企みましたが、体力的に続きませんでした。
ややもすると“ブログ”のための“ブログ”に陥りそうになった事もありました。

今後は、お気楽に末永く更新していこうと思います。
2年間でのアクセス数 137.940件は可も無く不可もなくまずまずでしょう。

この2年間、僕のブログを見ていただきありがとうごさいます。
たいしたブログではありませんが、お暇でしたら見に来てくださいマセ。
旬の話題の更新はほとんどありませんが、今後ともよろしくお願いします。

蒸気機関車 SOUL TRAIN’s  拝
        

2013.3.26 大井川鐵道 “花見に行こう!!”

大井川
そろそろ“お花見シーズン”の到来です。
今年はどこに“桜+蒸機”の撮影に行きましょうか?
まずは大井川鉄道のC11門デフ+花見と洒落こみましょう。
何しろ桜シーズン中は新金谷-家山間で絵面は別として一日8本の蒸機列車が見れます。
そこは“蒸機天国”に違いありません!!

大井川
いい写真が撮れなくてもいいんですぅ~っ。
いわゆる“汽車見鉄”で肩の力を抜いて“お花見+汽車見”で一杯てなもんです。
少し赤い顔でカメラ一台ぶら下げて沿線で遊びましょう!!

2016.3.11 東山動物園 “シャバーニ旋風!!”

日々
2016.3.11 東山動物園 “シャバーニ旋風!!”

イケメンゴリラ“シャバーニ”を一目見ようと東山動物園に多くの観客が訪れています。
“シャバーニ”は19歳の体重190㎏のオスゴリラです。

ゴリラは気まぐれでなかなか素敵な画像をゲットできません。
一日の最大の撮影チャンスは13-14時頃に行われる、おやつの時間です。
“シャバーニ”が登場すると観客から「イケメンゴリラのシャバーニ君!」と、声援が送られます。

日々
シャバーニの家族は、アイ(メス)、アニー(メス)、ネネ(メス)、キヨマサ(オス)の五頭で仲良く暮らしています。

日々
もしも貴方が名古屋を訪れる機会がありましたら、是非“東山動物園”を訪れ“シャバーニ”に会いに来てください。
期待を裏切らないはずです。

2016.3.12  “奥大井・赤石太鼓” 千頭にて

大井川
2016.3.12  “奥大井・赤石太鼓” 千頭にて

せっかくの“SL三台並びのお祭り”です。
気合の入る“鉄”より、気合の入る“奥大井・赤石太鼓”を楽しむのも一考です。

和太鼓の響きは“祭”に相応しいと思います。

大井川
2016.3.12  “奥大井・赤石太鼓” 千頭にて

調べてみると“奥大井・赤石太鼓”は、けっこう有名なようです。
日本の蒸機と和太鼓の共演はお見事でした。
プロフィール

高野 陽一

Author:高野 陽一
あなたは鉄道に感動したことがありますか?
いつの時代の、どこの国の、どんな線区の、どんな車輌や情景でもかまいません。
答えは明白です。それはあなたがカメラという映像媒体を通じて、あなたの魂(SOUL)が何かを感じ、あなたの魂(SOUL)をゆさぶった事にほかなりません。だから、あなたも僕も鉄道を今も撮影し続けているのです。

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