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2016.4.15  写真展『南十字星輝く下で』に行ってきました!!

写真展
2016.4.15  写真展『南十字星輝く下で』に行ってきました!!

グループ“ムルデカ”の写真展に行ってきました。
テーマはインドネシアのナロー蒸機です。僕自身ナロー蒸機は大好物です!!
僕はインドネシアの蒸機はデジタルで撮影したことがありません。写真展を拝見するとデジタルでしか表現
できない画像も見られ参考になりました。再びインドネシアに行きたいと思いました。

いかがですか?海外蒸機の写真展を見に行くのも撮影の刺激や参考になるかも知れません。
僕も写真集を1000円で購入してきました。

写真展
支配人のK氏です。ありがとうございました。

写真展
“写真展”は、人と人を繋ぐと思います。楽しませていただきました。

新宿:オリンパスギャラリー東京で4/20水までやってます。
たまには禁断の海外蒸機に触れてみてはいかがでしょうか・・・・。

2016.4  “第弐屋台” 祭りだ!祭りだ!セイヤーッ!!只今5Dsテストの真っ最中!!

大井川
2016.4  “第弐屋台” 祭りだ!祭りだ!セイヤーッ!!只今5Dsテストの真っ最中!!

今日も祭りの撮影です。“第弐屋台”頭のSさんから撮影の許可をいただきました。
祭の男は粋でカッコイイと思います。あれ~っ?よく見ると蒸機が隠れています。
祭の写真撮影で、臨場感のある写真撮影をしたければすべからく人間関係が左右します。
礼に始まり礼に終わりますと言っても過言ではありません。精神は武道と同じです。

屋台の中の向かって左側の人が。“第弐屋台”頭のSさん。
屋台の上に乗るのが粋な“屋根係”の衆です。白装束が屈強な“てこ係”の衆です。
祭では怪我の無き様に気合入りまくりです!!


現在、世界最高画素数の約5,060万画素CMOSセンサーを搭載した高画素デジタル一眼レフカメラ“EOS 5Ds”
を導入しました。 35mmフィルムサイズ相当の撮像素子を搭載したデジタル一眼レフカメラにおいては、2015年
2月6日現在(キヤノン調べ)では世界一の画素数値を誇ります。但し、いつかは必ず画素数は同社や他社に
抜かれます。あくまでも現在のお話しです。

それでは“EOS 5Ds”はどんな画像に有利かわかるかと思いまが、ズバリ大人数の集合写真に最適です。
とにかく大きく良く伸ばしても顔の輪郭や表情までが驚くほど鮮明です。ブログや雑誌のA4版の見開き程度
では他機種との差異はあまり感じません。あくまでも用途は大伸ばしです。

この後に奇跡が起きます。走行中のC108と祭と屋台のコラボです。

2016.4.13 『福生通信』 №1 はじめに

福生
2016.4.6 福生市・南田園 “多摩川土手+五日市線E233系”

子供の頃、この多摩川周辺でよく遊びました。
現在の様に市街地化がされてなく、数軒の農家と田園が広がっているだけでした。
昔はこの辺りは“鍋ヶ谷戸”と呼ばれていました。
来年の今頃は大型犬でも連れて桜の下を散歩していることでしょう。

福生
時代は大正14年まで遡ります。現在の撮影場所から五日市線を挟んだ反対側から見た築堤です。
ご覧のとおり民家は何もありません。撮影日が同じ4月ですが田んぼが広がっているだけです。

先日、出席したある会合の席での事でした。
そこでは出身地と現住所を含めた自己紹介の場がありました。

何人かの人が僕の出身地に興味を持たれました。
おフランスのパリで活躍されている女性写真家のY・Sさんとのお話の中で
「若い頃よく福生に遊びに行きました。」と、聞きました。
“若い頃、福生”、このワードに含まれるニュアンスから想像される事柄があります。
アメリカ的文化・ファッション・ソウル・やんちゃ・×▽◇書けません・が含まれています。

実は僕のブログタイトルのSOULは地元“福生”からきているのです。
最近、地元“福生”を含む多摩地区の歴史について調べ始めました。
撮影を通じて興味深いお話や事実を改めて知ることになりました。
調べる楽しみや、歩くことにも再び興味を持ち始めました。

それでは、これから時間を見て僕の地元の福生(FUSSA)について発信してみることにします。

2016.4 やらせでもいいんです!!記念写真でもいいんです!!神楽で遊ぶ!!

秩父
2016.4 やらせでもいいんです!!記念写真でもいいんです!!神楽で遊ぶ!!
奇稲田姫(くしなだひめ)様に登場していただきました。

毎回撮影に来ているので、何かと友人知人が増えました。
また来たの?!好きだね?!SL好きなんだろう?あれっ?朝から飲んでるの?ハイ、さきほどから
勝手に“お神酒”嗜んでいました。随分とご機嫌だね!!ハイ、写真撮らせてください!!
いいよ!!これでいいかい!!

ありがとうございます!!また“秩父シリーズ”の“やらせ記念写真”火車来了の出来上がりです。
(。・ω・。)ノ♡2016.4秩父♡てなもんです。 

解説です。
神楽殿では、午前中から神楽が奉納されます。この浅間神社神楽は、荒川白久の神明社神楽と同じく、安政年間(1854~1859)に上州新町の徳丸という人物から伝授されたといわれ、現在は18座が伝えられています。こちらの神楽の大きな特徴が、歌舞伎の流れをくむ背筋の張った所作が多いことで、「奉幣(ほうへい)」と「二人剣」の二座を素面で踊るのも、ここならではのものです。また、神楽殿ではなく拝殿にて舞う「神前神楽」があるのも見逃せません。
 この日の午後に訪れた際には、素戔嗚命(すさのおのみこと)が大蛇退治をし、奇稲田姫(くしなだひめ)と結ばれる「蛇」と、伊邪那美命(いざなみのみこと)が両手に剣を持ち華麗に舞う「一人剣」を神楽殿にて観ることができました。

秩父
秩父に通い始めて何年が経過したでしょうか・・・。
今日も友人のI・I宮司さんへ挨拶してから撮影を開始しました。

秩父
撮影後は西武秩父駅前“つくも”でジンギスカンを囲みながらの宴です。
おかみさんにシャッターを押してもらいましたが、シャッターボタンに力が入ってブレブレでした。
毎度のことですが、撮影後のビールの味は格別です。

2016.4.3 諏訪大社・上社 「御柱祭・木落し」 後編

祭
2016.4.3 諏訪大社・上社 「御柱祭・木落し」 後編

御柱木落し
 上社の御柱山出し祭の一番の見所となるのは壮観な木落しであります。木落しとは中央東線の鉄道に添ってたつ宮川小学校側の50m余の大断崖の上から、御柱を曳落とすのでありますが、この時、御柱と共に乗り下ることは、諏訪の男衆の度胸の見せどころで、御柱の先端やメドテコの両側に鈴なりに取り付いている勇み肌の若者たちは、いずれも奥山から曳き出される山出しの最初からメドテコに乗り続けて来た勇者揃いです。
 全長100m余りに及ぷ2本の曳綱がピンと張られ、ラッパ隊の演奏が、ひときわ高くなり響く時、今までゆれ動いていた御柱が急にその先端を下げて、一瞬あがる土煙りとともに落下します。周囲の田畑も上川の河原も人家の屋上にも万余の大観衆が群がり、折から通りかかりの急行列車さえもが最徐行してこの壮観を見守っています。
 7年に一度の御柱大祭の興奮もこの一瞬につきるかと思わせるのでありますが、かくして上社8本の御柱も次々と木落しを終え、今度は又別の興奮でわきかえる宮川の土手へと近づくのであります。
祭
大迫力の砂煙の“木落し”です。
祭
総代M氏からお神酒を頂き終始ご機嫌でした。
祭
総代M氏とお神酒を飲みながらの“上社・木落し”観戦です。
祭ってイイよね~っ!!てなもんです。
祭
総代M氏より“魂の総代法被”を頂き感謝の気持ちでいっぱいです!!
まだまだ“御柱祭”は続きます、もう一度宮入に参加しようと思います!!
勿論、次回開催される2022年の“御柱祭”も行きます!!

2016.4.3 諏訪大社・上社 「御柱祭・木落し」 前編

祭
当日東京は雨が降っていました。
茅野の現地では、どんよりとした曇り空でしたが、午後に奇跡的に太陽の光が差し込む場面もありました。

今回の撮影では行き帰りの特急列車の指定席を確保しただけで、優良観覧席確保や撮影許可の取得も無く、
ほぼノープラン状態での現地入りでした。

行けば行ったで、何とかなるものです。すっかり“御柱祭”のファンになりました。
動きがある祭りなのでビデオ撮影も楽しんでみました。


7年に一度の天下の大祭・次回開催はは2022年(平成34年)

 樹齢150年を優に超えるモミの大木。山の中から、選ばれた16本のモミだけが御柱となり、 里に曳き出され、7年毎の寅と申の年に諏訪大社の社殿の四隅に建てられます。 宝殿の造り替え、そして御柱を選び、山から曳き、境内に建てる一連の行事を「御柱祭」と呼び、 諏訪地方の6市町村の氏子たちがこぞって参加して行われます。正式名称は「式年造営御柱大祭」です。

 御柱祭という神事を司る諏訪大社は、全国各地の諏訪神社の総本社であり、国内にある最 も古い神社の一つ。諏訪湖の周辺に4箇所の境内地を持っています。まず上社と下社に分かれ、諏訪市に上社本宮、茅野市に上社前宮があり、下諏訪町に下社春宮と下社秋宮があります。ご祭神である諏訪明神は古くは風・水の守護神で五穀豊穣を祈る神。また武勇の神として広く信仰され、東国第一の軍神として坂上田村麻呂や源頼朝、武田信玄、徳川家康らの崇敬を集めました。

 室町時代の『諏訪大明神画詞』という文献によれば、平安初期に桓武天皇(781~ 806)の時代に「寅・申の干支に当社造営あり」と御柱祭についての記録が残されてい ます。起源については諸説様々ありますが、縄文時代の巨木信仰という説もあります。

 御柱そのものは、長さ約17m、直径1m余り、重さ約10トンの巨木。柱を山から里へ曳き出す「山出し」が4月に、神社までの道中を曳き、御柱を各社殿四隅に建てる「里曳き」が5月に、上社・下社それぞれで行われます。諏訪の人々は氏子として全精力を注いで16本(4社×4本)の柱を地区ごとに担当します。御柱祭にかける氏子の情熱は、昔も今も変わりありません。日本人の熱いエネルギーの高ぶり、神聖な熱狂にあふれた稀少な祭りといえるでしょう。

祭
“前宮一”の御柱が動き始めました。
前の“メドデコ”は勇壮で華があります。
後ろの“メドデコ”は木落しの際に跳ね上がります。これもまた勇壮でした。

御柱祭と中央東線電車を絡められるポイントが何か所かあります。

                                     後編に続く。

2016.3.31 山間の秘境駅 男はつらいよ第50作 “ヤング寅次郎・二十歳(はたち)の旅立ち”

大井川
2016.3.31 山間の秘境駅 男はつらいよ第50作 “ヤング寅次郎・二十歳(はたち)の旅立ち” 

「102ㇾ通過60秒前」最終画像のチェックだ。
広角レンズで被写体に迫り、邪魔なカーブミラーを木製電柱に隠すポジションを決めるのだ。
これは決して“やらせ”では断じてない。彼は旅の途中だった。

彼との出会いは本当に偶然だった。
二十歳(はたち)の彼は、寅さんに憧れていたのだ。これが“平成28年”の画像?
千載一遇のチャンスは突然に訪れるのだ。
彼からいただいた言葉に“旅の空”がある。
使い古された言葉だが、彼が言うと妙に説得力がある。
彼とは、きっとどこかの“旅の空”の下でまた会う気がするのだ。

実は寅さんにはリリーとの間に一粒種の長男がいたことは世間ではあまり知られていない。
※フィクションです。

寅さんシリーズ第22作 “男はつらいよ 噂の寅次郎”を覚えているだろうか?
松竹映画の昭和53年の作品だ。マドンナは大原麗子(美人だった)だ。
ロケ地は、長野県の木曽と静岡県の大井川だ。
大井川鐵道の塩郷駅で登場する寅さんの画像を覚えている。
C11227も登場しています。

私、生まれも育ちも東京葛飾柴又です。
性は車、名は寅次郎、人呼んで風天の寅と発します。
皆様共々ネオン・ジャズ高鳴る大東京に仮の住居罷りあります。
不思議な縁もちましてたった一人の妹のために粉骨砕身、
売に励もうと思います。西へ行きましても、東へ行きましても、
とかく土地土地のお兄さんお姉さんに御厄介かけがちなる
若造でござんす。
 以後、見苦しき面体お見知りおかれまして今日後万端
引き立って宜しく御頼ん申します。

以上が、ご存じ“寅さんの口上”です。

続きは、またの機会に繰り越します。

2016.3.31 早春“かわね路”の汽車見

大井川
2016.3.31 早春“かわね路”の汽車見
タイミングが合うと松謙さんと日帰りで“汽車見”に出かけます。

大井川
汽車見・地元めし・食材の購入や自然を愛でるのが目的です。
撮影はいたって“淡泊”です。
蒸機の息遣いを感じ、ブラスト音や汽笛を感じれば最高です。
風を感じ、季節の花や鳥を感じ、季節の地元食材を食べて買い物して日がな一日を過ごします。

大井川
食堂では偶然にも海外鉄道研究会のドイツ大好きの“Fさん”にバッタリ会いました。

大井川
大阪のやんちゃな“Sさん”がゴッツイカメラをぶら下げての登場です。
彼とは“中国鉄”という共通項があります。
こんな偶然に現地で遭遇して盛り上がります。
またどこかでお会いしましょう!!

勿論撮影も楽しいですが友人と会うのも楽しみの一つです。
プロフィール

高野 陽一

Author:高野 陽一
あなたは鉄道に感動したことがありますか?
いつの時代の、どこの国の、どんな線区の、どんな車輌や情景でもかまいません。
答えは明白です。それはあなたがカメラという映像媒体を通じて、あなたの魂(SOUL)が何かを感じ、あなたの魂(SOUL)をゆさぶった事にほかなりません。だから、あなたも僕も鉄道を今も撮影し続けているのです。
(社)日本写真家協会会員  (JPS)

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