1994.4 究極の聖地・2ft蒸機軌道 “楽園・LEDO”

インド
1994.4 究極の聖地・2ft蒸機軌道 “楽園・LEDO”

本日よりGW突入です。
あたしには、今年のGWはご縁が無いのです。
どこに行っても“満員御礼・札止め”状態なのです。そんなわけで近場でまったりと過ごします。

僕のサラリーマン時代のGWは海外の現役蒸機を必死で追い掛けていました。
LEDOレンガ工場専用軌道訪問記です。94年GWのインド・アッサム州のお話です。

当時のアッサム州は、治安が大変悪く外国人入境禁止エリアでした。
アッサム解放戦線の暴れているエリアで大変危険でした。
アッサムは紅茶の産地として有名でした。
日本人でこの地を訪れるのは入境許可を取得した商社マンと
遺骨収集団(インパール作戦戦没者)の方だけでした。

ところがアッサム州には、魅力的な2ftの蒸機が走る、レンガ工場専用軌道と炭鉱専用軌道が存在したのです。おまけですがインド国鉄のメーターゲージの蒸機もゴロゴロいます。なにがなんでも行きたいのです。
入境許可証がひょんなことから手に入り単身空路でアッサム州潜入に成功しました。

出会いは突然やってきました。
工場入口の2ftのヘロヘロの錆びたか細い軌道に目をやると
軌道上には太い丸太が踏切の様に降りていました。
なんで軌道上にこんなに太い丸太が置いてあるのだろう?もしかして行の運転は終わってしまったのか?
最悪既に廃線になってしまったのか・・・。頭は混乱するばかりでした。あまりにも情報が乏しいのです。

呆然と立ち尽くしていると、工場から誰かが走り出てきました。例の丸太の踏切を外し始めました。
しめた!!何かが来ます。耳を澄ますと甲高い汽笛が聞こえてきました。
やけに小さなボロボロの罐が小さな車体を左右に揺さぶりながらやってきました。
夢にまで見たバグナルの登場です!!

インド
見てください。この小さな2ftの満身創痍のボロボロの罐を!!
こんな罐で一日中、好き勝手に撮影しキャブに乗って遊べるのですから・・・。
正に“2ftの楽園”でした。蒸機趣味ここに極まれりです。

この記事はRM・№131に“地上最後の聖地・愛しのデイビット”として9ページ掲載しています。
おひまでしたら探して駄文を見てくださいマセ。

2016.4.29  『福生通信』 №4 “昭和の日” 回想録

福生
2016.4.29  『福生通信』 №4 “昭和の日” 回想録
このハウスはJR八高線・東福生付近にあります。

妻から突然、あーた?明日の4/29は何の日か知ってる?と問いかけてきたのだ!!
「天皇誕生日」じゃなかったっけ?「昭和の日」?なんだ?てなわけで本日は「昭和の日」です。
たぶん激動の昭和のお話を一つ奉納します。お題は「ハウス」です。

4月29日は、もともと昭和の時代に「天皇誕生日」という祝日だったというのをご存知の方も多いと思います。
それが、昭和64年(1989)1月7日に昭和天皇が崩御されたことを受けて年号が平成に改まり
「天皇誕生日」も平成元年(1989)から「みどりの日」となりました。
しかし、多くの国民の要望を受けて、平成17年に国会で「国民の祝日に関する法律」(祝日法)が改正。
平成19年(2007)より「昭和の日」とすることになったのです。
1年に一度廻ってくるこの日に、昭和天皇とともにあった昭和の時代を改めて見つめ直してみましょう。

福生“ハウス”と検索していただきたい。
福生
『限りなく透明に近いブルー』(1976年、講談社)のち文庫 

福生のハウスを舞台に展開される、横田基地の町を舞台に麻薬と乱交に明け暮れる若者の姿を描いた
『限りなく透明に近いブルー』で第19回群像新人文学賞を受賞、同年第75回芥川龍之介賞を受賞し
衝撃的なデビューを飾るが数々の疑問が残るのだ。
そもそも佐世保市に生まれた彼が、佐世保を舞台にした話ならつじつまが合う。
しかし彼は福生で必ず“よそ者”扱いされたはずだ!!
なのに心理描写やまるでその場に居たかの様な描写が鼻につく。

福生を有名にしてくれた功績には感謝するが、所詮はよくできた“福生ルポライター”にしか過ぎないのだ。
どっぷりと福生に浸かっていたのなら、SOUL・ディスコ・暴走族・三国人の描写がもっと描かれているはずだ。
村上龍はミュージシャン崩れとして基地の町・福生を表現してきたにすぎない。

つまり『限りなく透明に近いブルー』は、一番最初に“絵”を描いた子の勝ちといったところだ・・・。

福生
状態の良い「ハウス」もあります。
「ハウス」文化のお話も別の機会に詳しくお話します。

福生
横田ハウス協会のプレートのお話は別の機会に細かく説明します。
たかが“福生”されど“福生”。深いお話は沢山あります・・・。

2016.4.26 都築雅人氏 写真展 “煙情日記5・昭和追憶”告知  “9633会” in 目黒・駒八

鉄
2016.4.26 都築雅人氏 写真展 “煙情日記5・昭和追憶”告知  “9633会” in 目黒・駒八

キャノンギャラリーにて、いよいよ気になる、
都築雅人氏 写真展 “煙情日記5・昭和追憶”が開催されます。

銀座 2016年5月26日(木)~6月1日(水)休館日・日祝
仙台 2016年6月30日(木)~7月12日(水)休館日・土日祝
梅田 2016年9月1日(木)~9月7日(水)休館日・日祝

写真展告知の案内はがきからも強烈な個性が放たれています!!
季節がらアジサイの選択も渋いのです。
「都築ワールド」が展開される日を楽しみにしております。

鉄
2016.4.26 都築雅人氏 写真展 “煙情日記5・昭和追憶”告知  “9633会” in 目黒・駒八
おかげさまで、今夜も楽しく呑めました。

鉄
帰宅は、某○学校のPTAの会長K氏と一緒に“中央特快”にて帰宅しました。
年内には何とか“西東京呑み会”を構築せねばと思いました。

2016.4.27 『福生通信』 №3 近所の琺瑯看板 福生は田舎か都会か!?

福生
2016.4.27 『福生通信』 №3 近所の琺瑯看板
自宅から歩いてわずか3分の五日市線・宿舎入口踏切近くに“金鳥の大型琺瑯看板”があります。
恐らく昭和40年代の設置と思われます。五日市線の車窓からちらっと見えます。

福生
2016.4.27 『福生通信』 №3 近所の琺瑯看板

福生(ふっさ)市を東京に住んでいながら、字をまともに読めない、知らない方が大勢います。
人口約6万人の住む小さな町で、これといった主要産業もありません。
それほどメジャーな町では無いのかも知れません。

ところが“横田基地”の町というと、ああ確か“ふっさ”ネ!知ってるよ!てなもんです。

こんな狭い福生市には、青梅線・福生駅・牛浜駅・拝島駅(この駅は福生市と昭島市の境界上にあります)。
五日市線・熊川駅。八高線・東福生駅。JR3線5駅があります。
拡大解釈をすれば西武新宿線・拝島駅も含まれる交通の要衝なのです。

僕の最寄り駅は拝島駅(徒歩10分)です。青梅線・中央線利用の“青梅特快”で新宿まで37分です。
西武新宿線利用の“急行”で西武新宿まで47分です。
なぜ大規模ベッドタウンにならないのか不思議なくらいです。
但し買い物は少し不便で昭島市に依存しています。

結論として福生市は微妙な田舎都会です。不便ではありませんが便利でもありません。
アメリカンカルチャーが少し面白いだけかもしれませんが、一度“我が町”に遊びに来てくださいマセ。

2016.4.23 上越線 “新緑の谷川連峰”

上越
2016.4.23 pm15:24 諏訪峡通過

それにしても春の撮影は気持ちがいいですね!!
電車での撮影なので、すでにビールもいただいています。
上越線の撮影はのんびりしていていいと思います。
蒸機が通過してしばらくすると谷川連峰がすっかり雲に隠れてしまいましたトサ。

世間ではそろそろ長期の撮影ができるGWに突入します。
上越線での俯瞰撮影は足元に充分注意してください。
2010年5月(GW期間中)に発生した“棚下の悲劇”を繰り返さないようにしましょう!!
特に単独で入山する方は無理をしないようにお願いします。
時には引き返す勇気も必要です。
マスメディアに“撮り鉄○○○○!!注意”なんて書かれないようにしましょう!!

野に山に川に海に、お互いに安全第一で遊びましょう。

上越
2016.4.23 am11:36 上牧にて
今日も大変良い天気です。
午後の撮影は谷川連峰でも背景に撮影しましょう。
ところが、怪しい雲がどこからともなく湧いてきました。
今年は残雪が少ないような気がします。

現地で久しぶりにお会いした「夏草の線路。」さん。おつかれさまでした。
また上越線でお会いしましょう!!

2016.4.20 東野交通創立100周年記念ボンネットバス運行 後編

ボンネットバス
2016.4.20 東野交通創立100周年記念ボンネットバス運行
東野鉄道(とうやてつどう)と読みます。

ググってみると。かつて栃木県那須郡西那須野町の西那須野駅から同郡黒羽町の黒羽駅を経て同郡小川町
の那須小川駅までを結んでいた鉄道路線およびその運営会社である。黒羽 - 那須小川間は1939年に、西那
須野 - 黒羽間が1968年に廃止された。会社は鉄道事業廃止後、社名を東野交通と改めバス専業となっている。

1918年に西那須野 - 黒羽間で開業した東野鉄道は沿線の農作物の輸送や、太平洋戦争前は金丸原(現・大
田原市)の陸軍飛行場の軍事物資輸送を担っていた。1924年には八溝山地の木材輸送を目的として黒羽か
ら那珂川に沿って南下し那須小川まで延伸されたが、昭和恐慌により那須小川から東進し茨城県大子まで延
伸する計画は放棄された。これにより黒羽 - 那須小川間は存在意義を失い、さらに1938年8月の台風は箒川
鉄橋に被害を与え復旧費は経営に多大な負担をかけたため1939年には廃止された[1]。残る西那須野 - 黒
羽間も、旅客・貨物輸送量の低下や災害復旧にかかる経費の問題から1968年に廃止された。

廃止が早く、僕には全く縁がありませんでした。
ただ、津軽鉄道から来た箱型DLや、五日市鉄道から来たDCには大変興味がありました。
写真でしか往時をしのぶ事が出来ないのは残念です。

ボンネットバスに表示された“東野鉄道”の文字こそが昭和を語るのでした。

僕にとって栃木県はあまり撮影に出かけないエリアなので新鮮でした。
昭和50年代には、EF57やEF58を求めて東北本線の蒲須坂近郊には良く行きましたが、その後は時々真岡
鉄道を訪れるぐらいでした。JR日光線・烏山線・東武鬼怒川線は未だに乗車したことがありません。


ボンネットバス
2016.4.20 東野交通100周年記念ボンネットバス運行

ボンネットバスの丸みのある後ろ姿も魅力的です。
どうですか後ろ姿がセクシーでしょう?“モンロー・ウォーク”てなもんです。
わかるかな~っ?わかんねえだろうな~っ?お粗末様でした・・・。

次回のボンネットバス撮影行は愛知県を予定しています。

2016.4.20 東野交通創立100周年記念ボンネットバス運行 前編

ボンネットバス
2016.4.20 東野交通創立100周年記念ボンネットバス運行の取材に行ってきました。
どのタイミングで行くか迷いましたが、宇都宮市内の走行より大田原市内の走行を選びました。
この撮影地もモスバーガーの駐車場の脇で交通量の多い“大高前通り”での撮影ですが幸運が
味方して他の車両の映り込みがありませんでした。

現地では大門さんと、徒歩での撮影なのでビールでもいただきながらのんびりと撮影できました。
久しぶりに大阪の嶋田さんともお会いしました。おつかれさまでした。

当日は好天に恵まれ予想以上の成果がありました。これで若い女性車掌のコスプレがいれば
もっと良かったのに・・・。と思いました。

ボンネットバス

もともとこのバスは羽後交通で活躍し、廃車後横手市のりんご畑の中で倉庫として余生を送っていました。
その後、2008年に東北○○のサルベージ隊によって救出され、2013年にジェイ・バス㈱小松工場でレストア
されました。

元羽後交通 いすゞBⅩ553 1960年式 北村製作所ボディ架装。

今回の“東野交通創立100周年記念ボンネットバス運行”に合わせて、東野交通の旧バス塗装に復元されました。
実に美しい塗装です。(ラッピングではありません)

2016.4 “春霞の秩父山麓” おにぎり持ってハイキング鉄!!

秩父
2016.4 “春霞の秩父山麓” おにぎり持ってハイキング鉄!!
日頃の運動不足を補うためにハイキングにやってきました。
せっかく来たのに“春霞”には勝てません。ロケハンを重ね新しい俯瞰場所を探しますが、
そうは問屋が卸しません。パラグライダーを眺め、芝生でおにぎりを頬張ります。
それにしても新緑を渡る風が気持ちいいのです。ここではプハーッはお預けです。

秩父
お腹もいっぱいになりましたので、さてさて新しい俯瞰場所を探しに出かけましょうか・・・。

秩父
秩父鉄道のいいところは、有人駅で木造駅舎と硬券が生きていることです。実に昭和的です。
秩父の撮影は電車で行きましょうョ!!

2014.4.20  『福生通信』 №2 2016年9月・横田基地友好祭開催予定

福生
2014.4.20  『福生通信』 №2 2016年9月・横田基地友好祭開催予定

詳しい開催日はまだ発表されていません。詳細が分かり次第報告します。

福生
世界最強ステルス戦闘機 F-22ラプター

福生
資料画像は1960年の横田基地です。
僕が初めて横田基地友好祭に行ったのが1964年頃と記憶しています。
僕の亡き父も横田基地でかつて働いていました。思い出深いエリアです。
こんなに凄いアメリカと戦争で戦った日本に勝ち目は無いと、子供心に思うのでした。

僕自身アメリカ人が好きかと聞かれたら残念ながら微妙ですが、アメリカの文化は大好きです。
と答えると思います。

2016.4  続“第弐屋台” の粋な“屋根係”衆だ!!

大井川
2016.4  続 “第弐屋台”の粋な“屋根係”衆だ!!

屋台の屋根の上に乗っている人達です。
彼らは“屋台の舵(かじ)取り”をする“屋根係”です。屋台には方向を転換する装置は付いていません。
方向転換をするときには、“屋根係”が進行方向を確認しながら、提灯(ちょうちん)や笛や拍子木を使って屋台の
下にいる梃子棒を持った屈強な“てこ係” に舵取りの合図を送ります。

屋根の前方・中央・後方に立ち、“屋根係”同士が息を合せながら進行方向を決めます。
“てこ係”は2~3屯ある屋台の方向を力を合わせて少しずつ変えていきます。

男前の粋な“屋根係”衆に乾杯なのだ!!また次回も遊びに行くビッチ!!
えっ!!後ろの線路に蒸機は来ないのか?ですか?そのうちどこかで媒体にUPしたいと思います。

プロフィール

高野 陽一

Author:高野 陽一
あなたは鉄道に感動したことがありますか?
いつの時代の、どこの国の、どんな線区の、どんな車輌や情景でもかまいません。
答えは明白です。それはあなたがカメラという映像媒体を通じて、あなたの魂(SOUL)が何かを感じ、あなたの魂(SOUL)をゆさぶった事にほかなりません。だから、あなたも僕も鉄道を今も撮影し続けているのです。

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