FC2ブログ

Episode 1 ―初めての北海道一人旅・44年前の今日へ― 第1日目“眠れない夜”

1972年8月22日(火)晴れ
Episode 1 ―初めての北海道一人旅・44年前の今日へ― 第1日目“眠れない夜”

拝島16:30→青梅・中央・山手線→上野18:20、上野19:05→101ㇾ急行「八甲田号」EF57・ED75→青森6:15

 急行「八甲田号」ではB寝台下段1200円を奮発した。先頭には突き出たパンタのEF57が牽引している、
この大きな電気機関車を後に一生懸命追いかけることになろうとは、この時は予想すらできなかった。

初めての北海道一人旅。興奮しないほうがおかしいのだ。急行「八甲田号」は超満員の乗客を乗せて北を目指す。
青森まで735.6㎞を11時間10分で走破する。

確保したB寝台下段の贅沢なスペースを楽しむ。流れる車窓をぼんやりと眺め、主要駅に近づくと目を皿のように
して構内を眺める。黒磯で6分停車ED75にバトンタッチした。

北海道
野辺地駅 大湊線C11224 後に釧路へ転属する。

国鉄郡山工場の構内で、日鉄羽鶴の1080が見えた。それにしても興奮して眠れない、腹が減ったので持参した
おにぎりを食べお茶を飲む。小牛田深夜1:21陸羽東線のC58と石巻線のC11が煙を上げているのが見える。
ここでどうやら眠りに落ちたようだ。

野辺地5:35目の前に大湊線のC11が止まっていた。慌てて撮影する。どうやらB寝台で4時間ぐらい寝ていたようだ。
車内で配られた乗船名簿を記入し、青森から人の流れに沿って青函連絡船に乗船した。

北海道
青函連絡船 これから北海道へ渡る一人旅でドキドキの連続!!

2016.8.20 本日は写真展「旅のたまゆら」&「2016鐵樂者展」拝観&「杉さんと呑む会」

写真展
まずは寺下さんにご挨拶に行く。
寺下さんは、僕の友人の浅野さんや舘野さんの友人だったのだ。世間はやはり狭い。
「旅のたまゆら」とは面白い題名だ、遥か80年代によくぞ、人の撮らない画像を良く撮っている。
僕自身これらのシーンは見かけているがレンズを向けていない。
拝観者も大勢いて、実に賑やかな写真展だった。

写真展
お次は「2016鐵樂者展」の拝観へ。
実に楽しい写真展だ。僕が撮れなかった画像に目が釘漬けだ。
杉さんの「キマロキ」にビックリ!!日曹で偶然撮影できたとあっさりおっしゃっていた。
金澤さんや野口さんにも久しぶりにお話を聞けて楽しかったのだ。
蔵重さんが不在なのは残念でした。

写真展
賑やかな「2016鐵樂者展」で、主催者を愉快な仲間たちで囲んでパチリ!!

写真展
「杉さんと呑む会」でパチリ!!
なんだか今宵の酒は、悪酔いしてしまったのだ。💫💫💫頭もクラクラ💫💫💫

写真展
帰りは、新宿御苑前→新宿。💫💫💫頭がクラクラ💫💫💫でこれはヤバイので、乗り越しを恐れて
中央線→青梅線経由を避けて、西武新宿→拝島を選択した。西武新宿で家族へ土産のアップルパイ
を買って、各駅停車・玉川上水行に乗って爆睡。
アップルパイを網棚に置き忘れ駅事務室から回収して拝島行に乗車。

またまた爆睡、ビシャビシャと奇妙な音で目が覚めると終点拝島でした。奇妙な音の正体は斜め左に
座っていた酔っぱらいの爆ゲロのゲロッパ音の不始末。
電車を降りると💫💫💫頭がガンガン💫💫💫西武の電車が黄色では無く何故かピンク色???
目の前のピンク色の“KPP”が優しく微笑んでいたのだ・・・。何やようわからん??
あちきのオツムも、とうとう焼きが回ったようである・・・。




Episode 1 ―初めての北海道一人旅・44年前の今日へ― “1972年夏・C62・C55紀行”

“プロローグ”
当時の僕は中学三年生。僕の未来はバラ色だった。当時は学業成績もよく、一流高校、一流大学、一流企業へと進路は決まっていた。親にとって我が家にとっても希望の星になるはずだったが…。どうやらこの時から狂いが生じたらしい。

確かに自宅で机に向かう時間が増えていた。しかし、勉強より大切な趣味を見つけてしまったのだ。愛読書は、時刻表、鉄道ファン誌、蒸気機関車誌を貪るように読み始めてしまったのだ(SLダイヤ情報はまだ発売されていない)。近い将来、蒸機は廃止されてしまう。こうしちゃいられない…。

それまでの僕は、八高線・小海線・飯山線・中央西線・只見線・会津線・日中線・米坂線・羽越本線を撮影していた。
8600・9600・C11・C12・C56・C57・C58・D51の8形式を撮影できた。

1971年夏に友人4人で九州蒸機撮影を計画した。目的地は冷水峠と矢岳越えだった。しかしお金を調達できず幻に終わってしまった。ガキ鉄は何かと他人を頼り、何かと他人の責任にしてしまう。

1972年夏には、誰にも頼らず初めから一人旅と決めていたのだ。責任はすべて自分にある。どうしてもC55・C62・D52・D61をこの目で見たいのだ。

 1972年北海道の動力車配置表によると、動力車合計581輌で内訳が、蒸機10形式(9600・C11・C12・C55・C57・C58・C62・D51・D52・D61)395輌、ディーゼル機関車163輌、電気機関車23輌の布陣だ。前年にC62重連急行「ニセコ」が廃止になったものの、いまだに堂々たる蒸機天国なのだ。


鉄

 今回の僕の装備は、ミノルタSRT-101(標準レンズ)、コニカC35、フイルムは富士カラーN100とネオパンSS、ラジカセ、公済出版社発行のコンパス時刻表(SL牽引マーク付き)、キネマ旬報社発行の「SLダイヤ」、三脚は家に忘れてきてしまった(後で後悔したが)。水筒と、わずかな着替えと、お小遣いが5000円(これでは宿には泊まれないだろう)。北海道均一周遊券が16日間有効で学割7600円だった。

旅

さて明日から、Episode 1 ―初めての北海道一人旅・44年前の今日へ― “1972年夏・C62・C55紀行”を検証してみようと思う。しばしお付き合いくださいマセ。

ある「夏の日の思い出」

磐西
ある「夏の日の思い出」
今日もなんだか、あちきに運命の女神が微笑んでいるかのような一日だった。
これだから、撮影後のビールが格別に美味い。

今年の夏は当たり年だったのだ。
8月も下旬に差し掛かり、この夏の成果を振り返る。
蒸機・夏祭・向日葵・入道雲とたっぷり素晴らしい画像を頂き、日に焼けてヘトヘトだ。
今年も群馬在住の祭り好きのT氏に大変お世話になったのだ。
残すところの8月も、蒸機と夏祭りを各2回撮影して今月の予定は終了する。

夏の日の線路端で汽車を待つときに必ず思い出すのが、昭和48年の夏のことだ。
8月16日から、灼熱の九州へとC55とC61を撮影に出かけた。高校一年の夏。

メンバーは僕と山本君のはずだったが、何を勘違いしたのか石川君が同行することになったのだ。
石川君曰く、僕はボーイスカウト出身だから過酷な旅行や野宿は大丈夫だから、是非僕を九州に一緒に
連れて行って欲しい。(ちなみに石川君は鉄ちゃんではない!)
僕たちは言った。観光じゃないよ!毎日毎日、SL撮影が目的だよ!しかも16日間だよ!寝る場所は、駅
か夜行列車の座席だよ本当に石川君大丈夫か?かなり厳しい冒険旅行だよ!!
石川君は力強く言った。僕はボーイスカウト経験者だよ絶対に大丈夫だよ!

石川君は灼熱・空腹・睡眠不足・筋肉痛・疲労困憊のリアル生き地獄体験をしていたのだった!!
日焼けして真っ黒になり顔だちも精悍になった石川君は毎日毎日嘆いていたのだった。
今日もSL撮るの?どこまで歩くの?また駅で寝るの?今晩の夜行座れるかな?腹減った?
暑いよ!!etc・・・。毎日毎日「もう東京へ帰ろうよ!」を連呼しているのだった。

8月24日、灼熱の志布志にて。東京を出発して9日目のことだ。
石川君はとうとうギブアップした。今日は俺は日南海岸で絶対に泳ぐ!!もうSLは撮らない!!
仕方なく僕たちは大堂津での撮影を諦めて、石川君と三人で海水浴に行ってしまったのだ。

僕と山本君の心の弱さが、石川君の「もう東京へ帰ろうよ!」の呪文に洗脳されてしまったのだ。
あの夏の蒸機撮影旅行は15泊16日から、11泊12日に短縮されて終わってしまった。
本来行くはずだった、貝島炭鉱・室木線・山陰本線の撮影が夢と消えたのだ。
僕と山本君と石川君にとって、あの44年前の夏の暑さは強烈な“思い出”としてに心に刻まれているのだった・・・。

8月21日からの予告
―私的・44年前の今日へ―を、ちょいと書いてみようと思います。
お暇でしたら、遊びに来てください。
Episode 1 ―初めての北海道一人旅・44年前の今日へ―“1972年夏・北海道蒸機撮影見聞録”
お楽しみに・・・。

2016  残暑お見舞い申し上げます

新幹線
2016  残暑お見舞い申し上げます

暑い日が続きますが、みなさんいかがお過ごしでしょうか?
みなさま、おからだには充分ご自愛くださいませ。

8月の下旬の予告
―私的・44年前の今日へ―を、ちょいと書いてみようと思います。
お暇でしたら、遊びに来てください。
Episode 1 ―初めての北海道一人旅・44年前の今日へ―“1972年夏・北海道蒸機撮影見聞録”
お楽しみに・・・。

The summer holidays have started !!

インド
The summer holidays have started !!

なんだか皆さん、それぞれの夏休みを楽しんでいらっしゃるようです・・・。
インドネシア蒸機の話題も聞こえてきました。
あたしも、撮影・執筆・創作活動に集中したいのでしばらくブログはお休みにします。
一休み・一休みてなもんです(一休さんの名言)。

ちなみに、いくつかは予約更新で入力してみました。

8月の下旬の予告
―私的・44年前の今日へ―を、ちょいと書いてみようと思います。
お暇でしたら、遊びに来てください。
Episode 1 ―初めての北海道一人旅・44年前の今日へ―“1972年夏・北海道蒸機撮影見聞録”
お楽しみに・・・。

2016.8.19(金)-21(日)  第17回国際鉄道模型コンベンション

模型
2016.8.19(金)-21(日)  第17回国際鉄道模型コンベンション
見学に行く予定です。貴方もいかがですか?

模型

模型

詳細はネットで検索お願いします。


2016.8.16-29  寺下雅一氏 写真展「旅のたまゆら」

写真展
2016.8.16-29  寺下雅一氏 写真展「旅のたまゆら」

たまゆら(玉響)をチョット検索してみた。
勾玉同士が触れ合ってたてる微かな音のこと。
転じて、「ほんのしばらくの間」「一瞬」(瞬間)、あるいは「かすか」を意味する古語。だそうだ。

三菱石炭鉱業大夕張鉄道線の清水沢駅の通学風景である。
今では絶対に撮影できない絵面だ。
同じ高校に通う姉妹だろうか、姉が妹のマフラーを直しているところか・・・。
是非、作者にお会いして話を聞いてみたいものだ。

詳細はネットで検索願います。

2016.8.15-28  写真展「2016 鐵樂者展」  

写真展
2016.8.15-28  写真展「2016 鐵樂者展」

興味ある写真展です。開催期間中にお邪魔する予定です。

詳細はネットで検索願います。

2008.7 「夢の超特急」  0系新幹線への憧憬

新幹線
2008.7 「夢の超特急」  0系新幹線への憧憬

0系のデザインは素敵だ。
初めて見る丸みのある女性的イメージの流線形に、子供ながらに明るい未来を感じたものだった。

僕が初めて「夢の超特急」に乗車したのが、
1968.8 東京~熱海間だったような気がする・・・。
家族4人で熱海へ一泊旅行だった。父親が奮発して行きだけ新幹線を利用したのだ。
確か帰りは満員の湘南電車だった・・・。
 
新幹線
2008.7 「夢の超特急」  0系新幹線への憧憬
素敵なポスターだ。(博多駅にて)

新幹線
2008.7 「夢の超特急」  0系新幹線への憧憬

僕の0系新幹線の乗り納めは、
2008.7.13 小倉18:36発~博多18:56着。博多行き「こだま769号」であった。

予想通り、小池百合子さんが都知事に当選しました。多分これは良いことなのでしょう。
皆さん期待しましょう。今度こそ税金はきちんと使ってくださいませ。
公約通り、舛添さんの案件をうやむやにせず、不正した税金の返却を求めてください。あたしも東京都民です。
米国も予定通りヒラリー・クリントン大統領が当選し、南沙でドンパチが始まるはずです。

昭和の大横綱“千代の富士”の早すぎる死に驚きました。
強靭な肉体をもってしても病には勝てなかったのですから。 合掌
プロフィール

高野 陽一

Author:高野 陽一
あなたは鉄道に感動したことがありますか?
いつの時代の、どこの国の、どんな線区の、どんな車輌や情景でもかまいません。
答えは明白です。それはあなたがカメラという映像媒体を通じて、あなたの魂(SOUL)が何かを感じ、あなたの魂(SOUL)をゆさぶった事にほかなりません。だから、あなたも僕も鉄道を今も撮影し続けているのです。
(社)日本写真家協会会員  (JPS)

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
フリーエリア
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
カウンター
カレンダー
07 | 2016/08 | 09
- 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31 - - -