2016.10.9  軽便鉄道模型祭 12 開催

模型

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2016.10.8 プレイベントもあります。詳しくはこちらから軽便鉄道模型祭 12

2016.8.26 映画「特急にっぽん」を酒の肴に、青春の阿佐ヶ谷で呑む。

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阿佐ヶ谷ラピュタ:映画館

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S獣医から招集がかかりました。
映画「特急にっぽん」を酒の肴に、青春の阿佐ヶ谷で呑みましょう!!
はい是非、伺いますてなもんです。
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1961年の作品です。

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団令子ちゃん素敵だったな・・・。

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本日は6人揃いましたので、乾杯!!イエィ~ッ!!

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S獣医ご推奨のギンギンに冷えた“赤星”イエィ~ッ!!
てなわけで“桜田GET”の“爆飲核爆呑み会”の夜は更けていくのであった!!

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あたしは、こんな料理が好きだったりします。

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品川530博士の辞書には「我が青春の阿佐ヶ谷」ここにあり・・・。
一人千鳥足の・・・。 以上“金曜から夜ふかし💋”でした。

Episode 1 ―初めての北海道一人旅・44年前の今日へ― “エピローグと後日談”

Episode 1 ―初めての北海道一人旅・44年前の今日へ―“エピローグと後日談”
1972年8月22日(火)~28日(月)6泊7日。

急行「八甲田」の寝台に1泊、急行「大雪6号」のハザに2泊、急行「利尻」のハザに2泊、青函連絡船の
ハザに1泊した勘定になる。

撮影内容は9600・C12・C11・C55・C57・C58・C62・D51・D52・D61と10形式全て撮影でき、とりわけ
C55・C62・D52・D61は初めて見る形式だった。

北海道
上野駅の、あのわくわく感を一度味わったら、もう病みつきになってしまいます。

今まで一人で出かけた最長距離が米坂線9600撮影であった。今回が自己記録を大幅に更新したのだ。今回の
撮影旅行は、撮り鉄よりも、間違いなく乗り鉄であった。見るもの聞くものがすべて珍しく新鮮な7日間だった。

こうして僕の15歳の夏の小さな大冒険は終わった。もちろん反省点も多い。しかし楽しかった。この旅で自信をつ
けたのか、7か月後に僕は再び津軽海峡を渡ることになる。

北海道

奈落の底への扉を開けるきっかけとなった―初めての北海道一人旅―。それからの僕は学力が低下する
一方で、人生の予定コースを歩むことは決してなかった。

この時こそ人生のポイントを間違えて切り替えてしまったのかもしれない(こうして駄文を入力している今では、
鉄道趣味に邁進できたことは、もしかしたら僕の人生にとって宝だったのかもしれない)。

昨年の12月に弊ブログで書いた、Episode O ―終わりの始まり・40年前の今日へ―“1975年冬・夕張線
6788ㇾ回想録”
12月25日に追分で一緒に記念写真を撮った仲間たちは今頃何をしているのだろうか?
今でも蒸機を撮影しているのだろうか…。

少しだけ変化があった、後輩のH君は体を壊し不治の病で57歳の若さで帰らぬ人となった。あの日あの時“蒸機”
を通じて友達になり青春の喜怒哀楽を共有した親友だった・・・。

あの時のH君の豪快な笑顔が忘れられない。大人になると生活環境や趣味嗜好の違いで友人環境も変わって
くる。お互いを思いやる気持ちが失われたときに友人関係も終焉を迎えることになる。

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70年代の東北本線のEF57。あの頃はよかったなぁ~。
見て来た風景。出会った人々。表現で来た写真。見逃してきた写真。だから写真人生は面白いのだ。

世の中は広い。中学生が単独で真冬に東京から急行「ニセコ」を撮影に行ったお話のブログもあり今更
ながらにあと一年早く渡道していればと思う。
現実は厳しい、これが僕の限界だったのだ・・・。


Episode 1 ―初めての北海道一人旅・44年前の今日へ― 第7日目 “嗚呼上野駅”

1972年8月28日(月)晴れ
Episode 1 ―初めての北海道一人旅・44年前の今日へ― 第7日目 “嗚呼上野駅”

函館0:15→12便「十和田丸」→青森4:05、青森6:50→504D急行「しらゆき号」→新潟14:15、新潟16:50→
710M急行「佐渡5号」→上野21:21、上野22:10 →山手・中央・青梅線→拝島0:11(終電の一本前)

北海道
ガキ鉄は車窓から顔を出してパチリ感覚が嬉しいのだ!!
D51+12系・臨急は、まるで現代の上越線の如くなのだ!!

函館にて、東京に帰るのに何の列車に乗るか考えた結果、羽越本線経由で日本海を見ながら帰宅すること
にした。秋田で奮発してトンカツ弁当300円を買った。急行「しらゆき号」はガラガラだった。キハ58の窓を開
けて車窓を楽しむ。羽越本線は電化工事中のさなかだった。すれ違う蒸機たちC57・D51を残りのフイルムで
一生懸命撮影する。楽しい時間が潮風香る車窓と共に流れていくのだ…。

北海道
時間はあるのに、なぜ途中下車しなかったのか今でもわからない。
たぶんこのまま乗り続ければ、お家に帰れる感が強かったのだと思う!!


新潟から急行「佐渡5号」の座席も確保できた、新潟でなけなしの金をはたいて、すきやき弁当250円を買う。
これで泣いても笑っても所持金0円になってしまった。

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上野駅で急行「佐渡5号」を降りると、グレー色の制服を着たがっちりとした大人に声をかけられた「チョット
君!!どこから来たの?」僕は答えた「北海道から」この返答がいけなかったのだ。そのまま上野駅鉄道
公安室に連行されて、事情聴取が始まった。

汚いザックを背負った汚いヨレヨレの僕の姿が、汚くて臭かったのだろう。最後に銭湯に行ったのが二日前
の稚内だった。

完全に家出少年一人保護の様相だ。住所氏名年齢を聞かれ、次に所持品検査と続く。
結果的に公安官が僕の自宅に電話をかけて確認が終わり一件落着、無事解放となった。

                                       ―完―

諸行無常・・・。

日々雑感

新聞の片隅に掲載されたある記事を妻が見つけた・・・。  まさか・・・。 

諸行無常・・・。  अंजलि,・・・。

Episode 1 ―初めての北海道一人旅・44年前の今日へ― 第6日目 “憧れのC62重連”

1972年8月27日(日)晴れ
Episode 1 ―初めての北海道一人旅・44年前の今日へ― 第6日目 “憧れのC62重連”

札幌6:57→524D→朝里7:31、朝里9:16→822ㇾ→小樽9:28、小樽駅前9:45→北海道中央バス→
手宮車庫10:00、手宮車庫12:00→北海道中央バス→小樽駅前12:15、小樽12:24→41ㇾ→札幌
13:09、札幌15:40→208D急行「すずらん5号」→函館21:05、

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急行「ニセコ」ではないが、誰もいない朝里海岸でC62重連を写す。
C62重連を撮ったには、撮ったが思いは複雑だった。

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朝日に輝くC62重連。

銭湯で入浴したせいか急行「利尻」では札幌までぐっすりと眠れた。だいぶ夜行列車に慣れてきたようだ。
小樽発8:00の岩見沢行き9131ㇾC622+C623のゴールデンコンビを海岸線で撮影すべく朝里へと向かう。
朝日が輝く朝里海岸でC62重連を迎え撃つことにした。

雑貨屋で買ったロバパン60円は、いつ仕入れたものかわからないがやけに固い。
それをかじりながら潮風に当たり待機した。

C622は梅小路蒸気機関車館入りが決まっているので、重連を組むのもこのイベントが最後の仕業とな
るだろう。初めて見るC62重連は圧倒的迫力で迫って来た。

C62重連を上目名や銀山で撮りたかったなァ・・・。
何はともあれ遥々北海道までやって来たかいがあったのだ。

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スノウプウが上下する仕組みのC12を初めて見たのだ。

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石炭埠頭で石炭を下すC12。今更ながらもう少し別アングルの撮影チャンスがあったはずなのだが・・・。

折り返しの9132ㇾまで時間があるので、小樽からバスに乗って手宮線を撮影に行く。手宮で石炭桟橋の入れ
替えのC12を撮影する。

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札幌駅での、C622の展示。

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9633も来ていたのだ。

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小樽に戻り札幌へ、9132ㇾC62重連は札幌入線の撮影でごまかした。その後札幌駅でC622の車両展示の
イベントがありそれを見てから東京へと帰路についたのだった。

Episode 1 ―初めての北海道一人旅・44年前の今日へ― 第5日目 “C5550に添乗”

1972年8月26日(土)晴れ
Episode 1 ―初めての北海道一人旅・44年前の今日へ― 第5日目 “C5550に添乗”

 南稚内10:14→340D→抜海10:34、抜海13:38→344D→豊富14:30、豊富17:34→321ㇾC5550
→稚内18:57、稚内20:50→急行「利尻」→札幌5:46、

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C5547牽引の回323ㇾ。欲張ってこれも撮りたかった。

急行「利尻」で夜中に目が覚めたら音威子府だった。牽引機を確認するとDD51748。南稚内で下車、朝日が眩しい。

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回送列車や南稚内機関区で時間を潰しすぎたのか、撮影地は稚内市街地からあまり離れていない。
それでも何とかスポーク動輪のわかるポジションで撮影できた。

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後追いは、何とか北海道ぽいでしょうか?

今日も快晴だ。手始めに稚内行き回323ㇾC5547を撮影し南稚内機関区を覗き、抜海方面へとぼとぼと
歩き始めた。熊笹に足を取られながらも本命の324ㇾC5547を撮影。

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抜海では食料調達できず。ああ、腹減った。海沿いの集落まで歩く根性がありません。

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サロベツ原野を行く9600。右奥に利尻富士が霞んで見える。

3本の貨物列車を撮るべく抜海に移動。撮影の待ち時間を利用してラジカセを大音量で聞く。山本リンダの
「どうにもとまらない」が意味もなくせつなく原野に流れた。
豊富で遅い昼食をとる。駅で日曹炭鉱天塩鉱業所専用鉄道の時刻を聞いたらあっさり国鉄ではわからない
とあしらわれた。食堂でカレーライス170円とバナナかき氷70円を食べていると汽笛が聞こえてきた。慌てて
豊富駅に行くと蒸機列車が止まっていた、手前の貨車が邪魔で全体はよくわからないがナンバーが9643と
読める。間違いない日曹炭鉱の罐だ。残念ながら9643は写真を撮る前に発車してしまった。

北海道
せっかく添乗できても、まともな画像がない。
ガキ鉄が舞い上がってしまいそれどころではない。せめて乗務員たちと記撮したかったのに・・・。


気を取り直して豊富発17:34の稚内行き321ㇾC5550に乗ることにする。この時の旭川機関区にはC55・30・47
・50の3輌が配置されていた。その後にC5547が廃止されC5787の登場となる。豊富でC5550を撮影していると
「乗っていかない?」と機関士から声をかけてくれた。これはまたとないチャンスだ。お言葉に甘え、キャブに
乗り込んだ。暑くて前方視界が悪い上、よく揺れる。豊富、芦川、兜沼と僅か2区間の添乗だったが乗務員の
苦労が少しわかったような気がした。

スハフ32に戻り、二重窓の狭窓を4枚とも開け放ち西日をいっぱい浴びながら極北の稚内を目指した。
前方には先ほど添乗したC5550が見え隠れする。

抜海を過ぎ、しばらく行くと左手に日本海が大きく車窓に広がった。乗客に夕焼けに浮かぶ利尻富士を見せる
ために321ㇾは徐行した。終着の稚内には18:57着。機関士と機関助士に添乗のお礼を言ってから改札を出た。
稚内で学生ラーメン180円とライス60円を食べる。ついでに銭湯で垢を洗い流す。

Episode 1 ―初めての北海道一人旅・44年前の今日へ― 第4日目 “時刻表ゲーム”

1972年8月25日(金)晴れ
Episode 1 ―初めての北海道一人旅・44年前の今日へ― 第4日目 “時刻表ゲーム”

岩見沢5:50→222ㇾC57104→苫小牧7:42、苫小牧8:22→223ㇾC57135→沼ノ端8:12、沼ノ端9:57→
225ㇾC57168→岩見沢11:33、岩見沢12:05→急行「かむい4号」→深川12:55、深川13:02→735D→
恵比島13:44、恵比島14:42→736D→石狩沼田14:49、石狩沼田16:58→8804D急行「天売観光号」→
札幌19:02、札幌21:20→急行「利尻」DD51748→南稚内6:20

北海道
デコイチナメクジだ!!ガキ鉄はこんな画像が非常にうれしい!!

早朝5:28の岩見沢。今回は寝過ごさなかった。岩見沢から222ㇾC57104牽引に乗車する、行商のおばさんたち
が沢山乗っていた。今から考えると素晴らしい被写体であったが、ガキ鉄の僕は興味なし。車窓からは岩見沢
第一機関区、追分機関区、苫小牧機関支区が見えた。そこにはそれこそ蒸機がゴロゴロいたのだ。

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D51357 初めて見るギ-スル (Giesel Ejector) 。

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C58が30両以上の貨物を牽引していて驚きました。

本日もちょこまかと忙しい。苫小牧で日高本線用の二つ目C11206を撮影後、駅そば130円を食べて遠浅に向
かう、遠浅で千歳線のC58・D51、室蘭本線のC57・D51を撮影し岩見沢へ、岩見沢機関区を見学。

北海道
深川経由で恵比島へ、恵比島で5783ㇾを撮影、本務機D5186(若番だがナメクジではない)、後補機D5162
(ナメクジの長野工場式デフ切り詰めた変形機)だ。

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この画像ではわかりにくいがD613に間違いない。

次に石狩沼田に戻り、1792ㇾD613の入線と発車を撮影した。この時の留萌支区には、D61・3・4・5・6の4輌
が配置されている。前照灯のツララ切りがカッコイイ。

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石狩沼田駅はこの年の6月19日に札沼線の石狩沼田~新十津川が廃止されたばかりで構内も広かった。

札幌で生まれて初めて札幌味噌ラーメン230円とライス60円を食べてお腹がいっぱいだ。

Episode 1 ―初めての北海道一人旅・44年前の今日へ― 第3日目 “悲劇の常紋越え”

1972年8月24日(木)晴れ
Episode 1 ―初めての北海道一人旅・44年前の今日へ― 第3日目 “悲劇の常紋越え”

札幌22:15→517ㇾ急行「大雪6号」北見5:42、北見7:56→522ㇾDD51→常紋(臨)8:45、常紋(臨)11:36
→558D→遠軽12:21、遠軽12:30→501D「大雪2号」→網走14:25、網走15:46→混635ㇾC5833→斜里
16:40、斜里19:36→614D急行「しれとこ2号」→網走20:14、網走20:30→1528ㇾC58395北見から518ㇾ
急行「大雪6号」DD51→岩見沢5:28

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北見発車 1527ㇾ C58331 寝過ごした結果がこれです。

生田原で下車する予定が寝過ごして北見まで来てしまった。急行「大雪6号」の牽引機は旭川から北見間が、
この春からD51からDD51に代わっていた。北見から列車番号が1527ㇾに変更され網走までC58が牽引する。
この列車こそが通称「大雪くずれ」と呼ばれ、国鉄蒸機末期の話題を集めることになる。

1527ㇾC58331発車撮影後、北見機関区を見学して何はともあれ「常紋越え」に向かいましょう。

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常紋トンネルから飛び出る、DE101554+D51157。なぜかこの頃の常紋は前補機DE10でした?

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閑古鳥が鳴いている常紋信号場。職員と僕しかいない?

憧れのスイッチバックの常紋信号場に下車してビックリ、鉄ちゃんが誰もいないのだ。D51+9600が撮影できる
つもりでしたが、職員に尋ねると補機は9600ではなくこの春からDE10に変わったそうです。試しに4531ㇾを撮影
してみました。新鋭のDE101554+D51157でガッカリした。遅い昼飯を北見のさけめし200円ですませ、常紋信号
場から撤収することを即決した。

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網走番外地なんてね。けっこう舞い上がっています。

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C5833に偶然出会えました。鉄道誌でよく見かけた後藤工場式デフにJNRマークが輝く憧れの罐です。

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C5833の牽引する混635ㇾ。オホーツク風が心地よいのです。

身軽な一人旅、撮り鉄より乗り鉄の方が楽しく感じます。常紋(臨)→遠軽→網走と乗り継いで網走から
C5833の牽引する混635ㇾで斜里に向かう。の罐です。混合列車の車窓からオホーツク海も望まれる。
思えばずいぶん遠くへ来たもんだ。

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締めは斜里だけをバックに混636ㇾを撮影し網走へと向かう。混合列車が素敵だ。

網走から乗り込んだ1528ㇾC58395牽引だ。網走から緋牛内までラジカセで録音して、その後はブラスト音
を子守歌にいつしか深い眠りに落ちたのであった。

Episode 1 ―初めての北海道一人旅・44年前の今日へ― 第2日目 “はるばるきたぜ函館”

1972年8月23日(水)晴れ
Episode 1 ―初めての北海道一人旅・44年前の今日へ― 第2日目“はるばるきたぜ函館”

青森7:30→5便「十和田丸」→函館11:20、函館11:50→305D急行「宗谷号」→大沼公園12:13、大沼公園
14:58→103ㇾ急行「ニセコ3号」DD51重連→ニセコ17:45、ニセコ18:51→555D→札幌21:50

青函連絡船の重低音の汽笛が「ブォーッ」と鳴って我に返った。それにしても眠い、遠くに函館山が見えてきていよ
いよ北海道へ上陸だ。
これが昨年までC62急行「ニセコ」が発着していた函館駅か。函館から大沼公園へ急ぐ。
途中では五稜郭機関区が車窓をかすめた。
大沼公園では、まず入場券を買い、DJスタンプを押す。線路端を歩いて大沼方面へ向かう。

北海道
とにかく行く先々でDJスタンプを押し。入場券を買いパンチを入れていた。

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いきなり大沼発車の汽笛が聞こえた4181ㇾがD52140牽引でやって来た。初めて見るD52に興奮する。
御殿場線のD52には間に合わなかったが函館本線ではギリギリ間に合ったのだ。

この時の五稜郭配置のD52は56・136・138・140・202・204・235・404・414・468の10輌配置だ。
何本かのD51・D52牽引の列車を撮影し、大沼公園から昨年までC62牽引だった急行「ニセコ3号」に乗りニセコを目指す。

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車窓から長万部機関区が見えた。よく見るとD51数台にC11が見える。

長万部からDD51重連になった。長万部名物駅弁の、かにめし250円を買う。初めて食べるかにめしは美味かった。

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羊蹄山をバックに、夕日に照らされた132ㇾのC623のナンバープレートがギラリと輝いた!!
やっと出会えたC623に感動する・・・。

これが僅か11か月前ならC62重連急行「ニセコ」が撮れたはずだ・・・。
僕の、このC62重連急行「ニセコ」を撮影できなかったトラウマこそが、その後の撮影の原動力となることは当時
知る由もなかったのだ。

北海道
ニセコ駅でのビックニュース!!“C62重連”が走る!!

ニセコ駅の掲示してある国鉄北海道総局のポスターを見て驚いた。「C62さよなら運転と車両展示会」が8月27日
(日)行われるとのこと。
しかも小樽~岩見沢間でC62重連が走る!もちろん時刻を書き写した。これでC62重連が撮れる!!

札幌から乗車した急行「大雪6号」の車内では、相席の話好きのおばさんから、いなり寿司や冷凍ミカンをいただいた。
札幌駅の鉄道弘済会売店で購入したパン130円は明日の朝飯にすることにしよう。
プロフィール

高野 陽一

Author:高野 陽一
あなたは鉄道に感動したことがありますか?
いつの時代の、どこの国の、どんな線区の、どんな車輌や情景でもかまいません。
答えは明白です。それはあなたがカメラという映像媒体を通じて、あなたの魂(SOUL)が何かを感じ、あなたの魂(SOUL)をゆさぶった事にほかなりません。だから、あなたも僕も鉄道を今も撮影し続けているのです。
(社)日本写真家協会会員  (JPS)

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