Episode 2 ―鉄道少年最後の夏・42年前の今日へ― 第6日目 「少年Hとの出会い」

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Episode 2 ―鉄道少年最後の夏・42年前の今日へ― 第6日目 「少年Hとの出会い」

覚えていますか、蒸気機関車が最後の輝きを放っていた、あの夏の日々のことを・・・。

昨晩、滝ノ上駅貨物ホーム跡で、練馬と世田谷から来た高校2年の、少年H・T・Kの三人組と会った。
その場で意気投合し、仲良く一緒に自炊して、星空の下で寝袋にくるまった。
頭のすぐ横を、地響きと共にD51牽引の重量貨物列車が通過する。
こんな迫力は今まで経験したことが無かった。

妹尾河童の自伝的小説の少年Hのお話では断じてない。
 「少年Hとの出会い」によって、旅を楽しく続けることが出来たのだ。
少年Hは終止明るく、ムードメーカーだった。剣道をやっているだけあって声がでかい!!

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8月21日(木)晴れ
滝ノ上、紅葉山付近にて「少年H」グループと一緒に5人組となって撮影した。
列車には乗らず、徒歩とヒッチハイクで撮影する。
本日の宿泊地は、5人で仲良く紅葉山貨物ホーム。

現地で会うSLファンたちは、何だか高校生が多かったな。もちろん大学生や中学生もいたけど大人たちは目立たなかったな。
だいたい大人の駅寝は恥ずかしくてできないだろう。大人たちは1975年の春に、最後の雪と蒸機を撮影して終了しているはずだ。

鉄道少年最後の夏は「ガキ鉄天国」になっていた・・・。

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Episode 2 ―鉄道少年最後の夏・42年前の今日へ― 第5日目 「美しきパシフィック」


室蘭

室蘭

室蘭

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Episode 2 ―鉄道少年最後の夏・42年前の今日へ― 第5日目 「美しきパシフィック」

今回の旅の目的も室蘭本線で活躍する、最後のC57・38・44・57・135・144の5輌を思う存分撮影し、C57牽引の旧客で旅をすることだった。乗務員と話すことはできても添乗する図々しさは残念ながらなかった・・・。

8月20日(水)晴れ
社台・登別付近、ヒッチハイクと徒歩で撮影
登別14:54 → 岩見沢18:20 229ㇾ (追分で下車予定が、終点岩見沢まで寝過ごしてしまった)
岩見沢19:10 → 滝ノ上20:20 545D 
本日の宿泊地は、滝ノ上駅貨物ホーム。

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道南周遊券だとエリア外なので個別に切符を買うことになる。

Episode 2 ―鉄道少年最後の夏・42年前の今日へ― 第4日目 「最後の扇形庫で蒸機と暮らしたい」

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Episode 2 ―鉄道少年最後の夏・42年前の今日へ― 第4日目 「最後の扇形庫で蒸機と暮らしたい」

追分機関区の夜景を試みるが、夜間の機関区撮影は禁止されていたのだった。
夜間撮影はできなかったが、機関区の近くで蒸機の鼓動を感じながら寝袋にくるまった。
本当は扇形庫の中で寝袋で寝たかったのに・・・。

わずか4か月後には追分機関区のD51は消える運命にある。

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昼間は何とか機関区の撮影許可が出た?たぶん・・・。そうだった・・・。
追分機関区では、この日以降は立ち入り禁止になっていた??

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午後から栗山ー栗丘へ向かった。

8月19日(火)晴れ
追分13:39 → 栗丘14:14 227ㇾ 栗山20:46→社台22:21 232ㇾ
本日の宿泊地は、社台駅の軒下。

北海道ではすでに秋の気配を感じていた。

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Episode 2 ―鉄道少年最後の夏・42年前の今日へ― 第3日目 「傾向と対策」

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Episode 2 ―鉄道少年最後の夏・42年前の今日へ― 第3日目 「傾向と対策」
現地へ持参したSLダイヤ情報は折れ曲がりボロボロになってしまった。

1975年8月の蒸機運行状況は、函館本線と室蘭本線の一部・室蘭本線(室蘭-岩見沢)・夕張線・歌志内線・幌内線の6線区で、
岩見沢第一機関区(C57-5輌、D51-17輌、9600-7輌)、滝川機関区(D51-14輌、9600-8輌)、追分機関区(D51-20輌、9600-4輌)で3形式合計75輌もの蒸機が活躍していた。

蒸機が道央に集中した今回の撮影プランは、「夜行列車移動泊型」から「駅前宿泊型」に変更し、寝袋持参で駅の軒先を借りて野営スタイルに決定した。食事も極力自炊で対応する。

駅付近には生活に必要な、水・便所・商店・銭湯など全てのインフラストラクチャーが揃っている。
何より、室蘭本線や夕張線は昼夜を問わず蒸機運行がある。
蒸機のブラストを感じながら就寝できる、これを「蒸機と寝食を共にする」と言う!!

この最後の夏は室蘭本線と夕張線に絞った撮影行動となった。

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朝霧の中からC57が現れました。
有名撮影地ですが外せません。

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ガキ鉄は、白老ポロトコタン観光で余裕をかまします。

8月18日(月)晴れ
植苗8:43→白老9:37 1230D 白老16:48→苫小牧17:12 229ㇾ
苫小牧19:07→追分19:45 569ㇾ
本日の宿泊地は、追分機関区付近。

Episode 2 ―鉄道少年最後の夏・42年前の今日へ― 第2日目 「駅前泊型」

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道南周遊券。20日間有効で学割7280円也。
道南周遊券で行けない撮影地は、追加清算かヒッチハイクで対応します。
キセルはコンプライアンスに抵触しますので絶対禁止です!!YO?
本日の宿泊地は豪華な植苗ステーションホテルです。

クソガキ鉄はデッキでタバコをふかしながら余裕をかましています。
大人になった二人は、今ではタバコが大嫌いになりましたとさ?

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室蘭本線は、まだまだ蒸機天国です。赤豚は少ししかいません。
本当にこれで年内に無煙化できるのでしょうか?

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赤外線撮影もどきのC5757。

8月17日(日)晴れ
青森7:30→函館11:20 5便・羊蹄丸 函館11:45→登別14:31 15D 特急おおとり
登別18:25→苫小牧19:01 741D 急行すずらん2号 苫小牧19:54→植苗20:09 741D

とりあえず室蘭本線はバンバン蒸機が走っていました。これで一安心。
今夜の宿は、植苗の駅長から待合室宿泊のOKがでました。
夕食は、ラーメンに魚肉ソーセージをぶっこみコンロで自炊します。

先客の若い鉄ちゃんは、寝袋は持参していませんが、大きなマイ枕を持参していました。
枕が変わると眠れないとほざいておりました。確かに正論かもしれません。
でも夜寒くないのか・・・。
それでは、明日の朝が早いので寝ることにいたしましょう。




Episode 2 ―鉄道少年最後の夏・42年前の今日へ― 第1日目 「この夏―北海道で最後のSLにあおう」

北海道

Episode 2 ―鉄道少年最後の夏・42年前の今日へ― 第1日目 「この夏―北海道で最後のSLにあおう」

昭和50年夏。最後の現役蒸気機関車の撮影に行こうと決めていた!!
あちきにとって6度目の渡道だった。実はその後に、昭和50年11月と12月に渡道する羽目になるのだが・・・。

今回も相棒は、若き日の山本シェフだ!!

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思い出は“セピア色”

昭和50年8月16日(土)晴れ

当時、あちきと山本シェフは高校三年生。高校生活最後の夏も北海道で蒸機と遊ぼうと決めていた!!
この夏に山本シェフの兄貴が紹介してくれたバイトは、立川市にある日産の下請け工場だった。

バイトを始める前に工場長に給料支払い日の交渉をしていたのだ。
8月15日まで、残業OKで何時間でも働きますので8月15日に給料下さい!!
こんな経理上無理な、あちきらの注文にも工場長は笑顔でOKしてくれたのだった。

上野19:10→青森6:15 101ㇾ急行「八甲田」のお世話になる。

蒸機末期の時代は、最新の情報がない。
出発する前からどれだけ北海道に蒸機が走っているか不安だった・・・。

お手軽で贅沢な瞬間

信越
2011.8.12 信越線 安中~磯部

お手軽で贅沢な瞬間

自宅から、車でも電車でも約2時間で信越線の撮影地に到着します。
夏の草いきれの中でのんびりと汽車を待ちます。
やって来たのはC61+旧客6輌+DD51の、なんと贅沢な編成でしょう!!

夏の撮影は嫌いではありません。ギラギラした夏の太陽も大好きです!!
ガキ鉄時代の夏休みを思い出すからでしょうか。
開放的な夏休み。夜行列車で寝るも良し。駅寝をするも良し。でした。

久しぶりに、ガキ鉄時代のお話を書きたくなりました。
Episode 2 ―鉄道少年最後の夏・42年前の今日へ―
乞う期待・・・。
何だって?ぜんぜん期待していない?あぁ~そうですか!!


1999.8.3 PESANTREN製糖工場 コッペル・マレー228号機

インドネシア
1999.8.3 PESANTREN製糖工場 コッペル・マレー228号機

当時の日記から

朝5:30。安宿のロビーに昨日予約したボロタクシーが時間通りにやって来た。
今日は、朝から夜まで5ヵ所の製糖工場を撮影して巡る予定だ。
個人旅行なので、全てが自分自身の力量にかかってくる。
いくら旅慣れたインドネシアとは言え油断は禁物だ!!

製糖工場内の撮影は、守衛もしくは事務所で許可を取得しないと工場内での撮影はできない。
撮影許可は、国名・住所・氏名・年齢(職業)・連絡先などを記入する。
工場によっては、工場に入るまで1時間も待たされる場合がある。
この時代は、撮影許可証の発行や料金の請求はなかった。フィールドでの撮影は許可は不要である。

--中略--
この日の夕方18:00。本日5ヵ所目の、PESANTREN製糖工場にやって来た。
かなり遅い時間の到着だが、撮影許可があっさりと取得できてしまった。
これで、夕方のギラリと夜間撮影ができる!!
初めて訪れた、あたらしい工場なので情報が無かった・・・のだ。

構内には、214・217・218・228の4両のコッペル・マレーが煙を上げていた。
まもなく日が沈む時間帯に突入する。
機関士がいたので、228号機を光線の良い場所まで移動する交渉を始めたのだ。
どれだけ、あちきの言葉が通じたかは不明だが、結果はご覧の通り!!
さてと、夜の帳がおりたら一人バルブ大会が始まる・・・。時間はまだたっぷりあるのだから。

2017.8.3  築地「井上」の悲劇・・・。

食

食

食
2017.8.3  築地「井上」の悲劇・・・。

先日の築地場外の大火災を覚えているだろうか?
このお店の付近から出火したのだ!!

築地の取材をしていると、必ずこの築地「井上」にぶち当たる!!
メニューは「中華そば700円」の一本勝負!!
築地場外へ来ると必ず並んで食べてしまうのだ。
是非、早期の築地「井上」の復活を望みたい!!

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2019年3月 夕張線廃止決定!!

夕張
暖冬の清水沢にて
     

遂に、2019年3月 夕張線廃止決定!!か・・・。

石炭産業最盛期で、最も隆盛を極めた頃の夕張市の人口は1959年(昭和34年)の116000人でした。
夕張線蒸機廃止の1975年(昭和50年)の人口は51000人にまで減り、暗雲が漂い始めています。
そして現在の2017年(平成29)の人口は8600人になりました。
その人口の1/3が清水沢地区にお住まいだそうです。

夕張線廃止、止む無しの結果というわけです・・・。
夕張地区は、あちきがガキ鉄時代に蒸機を求めて何度も訪れた思い出の地です。
夕張線廃止までに再び彼の地を訪れる事になりそうです・・・。

どちらかの団体が、夕張線を引き継いで再び蒸機を走らせて頂けないものでしょうか・・・。
この夕張地区だけでも、保存車輌はかなりの数が現存しています。
海外の先進国では数多くの廃線復活の事例が発生しています。
わが国では夢の又夢なのでしょうか・・・。

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プロフィール

高野 陽一

Author:高野 陽一
あなたは鉄道に感動したことがありますか?
いつの時代の、どこの国の、どんな線区の、どんな車輌や情景でもかまいません。
答えは明白です。それはあなたがカメラという映像媒体を通じて、あなたの魂(SOUL)が何かを感じ、あなたの魂(SOUL)をゆさぶった事にほかなりません。だから、あなたも僕も鉄道を今も撮影し続けているのです。
(社)日本写真家協会会員  (JPS)

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