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2019.4.30 平成時代が終わった日

2019.4.30 平成時代が終わった日

昭和が終わった日、1989年1月7日・・・。

あの日僕は、シルクロード取材の帰りで北京にいたな。

帰国中の飛行機の中で、昭和天皇崩御のテロップを見た。

翌、1月8日から平成時代のスタート!!


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あの日、帰国する便の中で何を考えていたかどうしても思い出せない・・・。



今振り返ると、昭和時代は日本の時代で、平成時代は亜細亜の時代だった気がする・・・。

僕にとっての、平成時代を一言で言うと

「24時間戦えますか」の時代だったな!!

1985年 水郡線撮影記 その5 田植えの頃

1985年 水郡線撮影記 その5 田植えの頃

昔の田植えは、一家総出で行っていたらしい・・・。
この日も、田植えの風景と蒸機を絡めたくて、田んぼを右往左往するすることになる。

ほんの少し前まで、4人が並んでの田植え中。蒸機が来る直前に3人が休憩に入ってしまった。
毎度のことだが、田植えの撮影は難しいのだ・・・。

それでは35年前のGWに時計の針を戻してみましょう。記憶が消えるその前に・・・。

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趣向を変えての山登り、遠くで上小川駅を出発する狼煙が上がった。

1985年 水郡線撮影記 その4 それは春の懐かしい国鉄時代だった!!

1985年 水郡線撮影記 その4 それは春の懐かしい国鉄時代だった!!

今も昔も鉄道の撮影には、鉄道を利用して徒歩で撮影地へ向かう場合と、直接車で撮影地まで向かう場合とがある。

思い出や記憶に残る撮影は、圧倒的に鉄道を利用して徒歩で撮影地へ向かう場合が多い。
それは、撮影するまでのアプローチや達成感が濃密に記憶に刻まれるからだろう。

この日は列車で撮影地へ向かい、車窓を流れる風景を楽しむのだった。

それでは35年前のGWに時計の針を戻してみましょう。記憶が消えるその前に・・・。

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キハ58の車窓から、交換するDE10の貨物列車をパチリ!!
昔は当たり前のようにあった国鉄の原風景・・・。ひどく懐かしい。

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車窓から見つけた菜の花畑を目指してトボトボと歩く・・・。

鉄道の撮影は、そんな作業の繰り返しである・・・。

1985年 水郡線撮影記 その3 ZENZA BRONICA の時代

1985年 水郡線撮影記 その3 ZENZA BRONICA の時代

ZENZA BRONICA ETRS をご存知だろうか?
当時の僕の撮影は、メイン機はニコンF3HPに用途に応じたスライドでの撮影で、サブ機はセミ版のZENZA BRONICA ETRSにモノクロ(TX)で対応していた。

ZENZA BRONICA ETRSはコンパクトで一見使い易そうだったが、
使ってみるとフイルムパックの交換に難があり、思った以上に使い辛かった。
光線かぶりもあり安心して使えない代物だった。それでも我慢して使っていた。
やがて、重いが使い易いペンタックス67へと移行する。

それではは35年前のGWに時計の針を戻してみましょう。記憶が消えるその前に・・・。

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この画像も、見る人が見れば、この客車14系ですね・・・。

意外と撮影に苦労した画像だった!!
貴方もその時代の愛機に愛着があったはずだ!!

1985年 水郡線撮影記 その2 試運転

1985年 水郡線撮影記 その2 試運転


試運転当日は、H君のスカイラインに乗せて頂き、早朝からロケハンを開始して煙の出そうな区間を選んだ。
時間があれば、桜と絡めたいがいかがなものだろう・・・。

当時の試運転は、車で追いかけても充分撮影できた。現代の試運転等混み具合とは様相が異なる。

それでは35年前のGWに時計の針を戻してみましょう。記憶が消えるその前に・・・。

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9321ㇾ 上小川~袋田 第4久慈川橋梁 はアングルを変えて5回撮影することになる!!


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HM無しの試運転はやはり良いのだ!!

水郡線の、のんびりしたムードも良い!!

1985年 水郡線撮影記 その1 35年前のGW

1985年 水郡線撮影記 その1 35年前のGW

1985年は僕の撮影が転換期を迎えた時だった。
海外の現役蒸機に目覚め、国内蒸機の撮影頻度が落ちていった。

撮影の作風も少しずつ変わって来たのだ。

当時の記録を見ると、水郡線の運転は、1985年、試運転が4/17から、本運転が4/28~5/11。
客車は12系6両。首都圏から近いこともあって沿線は大賑わいだった。

特筆されるのが、試運転初日に、蒸機による沿線火災が数か所発生し、
急遽梅小路から回転式火粉止めを取り寄せて装着。4/20、21は何故か14系6両で運転された。

それでは35年前のGWに時計の針を戻してみましょう。記憶が消えるその前に・・・。

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水戸機関区には扇形庫と転車台が残されていた。

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沿線の一番人気の撮影地は、9321ㇾ 上小川~袋田 第4久慈川橋梁俯瞰であろう。

水郡線撮影には、5回通うことになる。

35年前のあの日、貴方もきっと撮影に出掛けたことでしょう!!

C57180 出場が待ち遠しい!!

C57180 出場が待ち遠しい!!

何かサプライズあるのかな???

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2019.3.20 青梅線・昼下がりの拝島駅

2019.3.20 青梅線・昼下がりの拝島駅

跨線橋の影が、まるで機関区に佇んでいるようだ。
実は、週に三度やってくる横田基地への航空機燃料輸送。通称“米タン”。

僕の趣味の原点も拝島駅だった。
あの頃は、八高線にD51、C58、DD13と雑多な気動車。青梅五日市線は、ED16、EF10、11、12、13、15と旧国電。西武線電車。と、被写体はいくらでもあった・・・。半世紀前のお話だ。

そんな思い出の地元、拝島駅でパチリ!!

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魅惑の国鉄色

魅惑の国鉄色

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世間様では、間もなくGWの大型連休が訪れます。
景気の良い友人は“海外鉄”として海外へと向かいますが、
あちきは“日銭”を稼ぐ為GWも頑張って働きます!!

仕事のすきを見て近場で“安近短鉄”を何日か撮影するつもりでいます・・・。
今は我慢の時なのです・・・。トホホ・・・。

2018.11.24  上越線・谷川連峰  「春になれば・・・。」

2018.11.24  上越線・谷川連峰  「春になれば・・・。」

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画像は昨年の初雪の画像だが、先日国境に降った春の大雪によって谷川連峰に雪化粧が施されているはずだ。チャンスがあれば再び訪れてみたい。
プロフィール

高野 陽一

Author:高野 陽一
あなたは鉄道に感動したことがありますか?
いつの時代の、どこの国の、どんな線区の、どんな車輌や情景でもかまいません。
答えは明白です。それはあなたがカメラという映像媒体を通じて、あなたの魂(SOUL)が何かを感じ、あなたの魂(SOUL)をゆさぶった事にほかなりません。だから、あなたも僕も鉄道を今も撮影し続けているのです。
(社)日本写真家協会会員  (JPS)

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