2019年3月 夕張線廃止決定!!

夕張
暖冬の清水沢にて
     

遂に、2019年3月 夕張線廃止決定!!か・・・。

石炭産業最盛期で、最も隆盛を極めた頃の夕張市の人口は1959年(昭和34年)の116000人でした。
夕張線蒸機廃止の1975年(昭和50年)の人口は51000人にまで減り、暗雲が漂い始めています。
そして現在の2017年(平成29)の人口は8600人になりました。
その人口の1/3が清水沢地区にお住まいだそうです。

夕張線廃止、止む無しの結果というわけです・・・。
夕張地区は、あちきがガキ鉄時代に蒸機を求めて何度も訪れた思い出の地です。
夕張線廃止までに再び彼の地を訪れる事になりそうです・・・。

どちらかの団体が、夕張線を引き継いで再び蒸機を走らせて頂けないものでしょうか・・・。
この夕張地区だけでも、保存車輌はかなりの数が現存しています。
海外の先進国では数多くの廃線復活の事例が発生しています。
わが国では夢の又夢なのでしょうか・・・。
夕張
2019年3月 夕張線廃止決定!!

夕張線回想。 当時のメモ帳より

初めて夕張地区を訪れたのが1974年4月4日(木)だった。勿論、相棒は若き日の山本シェフだ。
前日は宗谷本線で9600、C55、C57を撮影して、稚内から夜行急行「利尻」で岩見沢、追分と乗り継いで鹿ノ谷を訪れた。
既に東京を出発して10日目の朝なので疲労も蓄積していた。それにしても眠いし腹減った・・・。
この日は夕張鉄道・平和と真谷地専用線で9600を撮影し、夕張線のD51は発車だけしか写していない。
そして今夜の宿泊地・旭川駅待合室へと足早に移動する・・・。そろそろ東京へ帰ろうかな・・・。
あと何日かしたら高校二年の新学期が始まるはずだ。のんきな17歳の春だったのだ。
プロフィール

高野 陽一

Author:高野 陽一
あなたは鉄道に感動したことがありますか?
いつの時代の、どこの国の、どんな線区の、どんな車輌や情景でもかまいません。
答えは明白です。それはあなたがカメラという映像媒体を通じて、あなたの魂(SOUL)が何かを感じ、あなたの魂(SOUL)をゆさぶった事にほかなりません。だから、あなたも僕も鉄道を今も撮影し続けているのです。
(社)日本写真家協会会員  (JPS)

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