Episode O ―終わりの始まり・40年前の今日へ― 第5~8日目 “未練・終局”

夕張
1975年12月25日 追分にて

1975年12月25日(木)~12月29日(月)
Episode O ―終わりの始まり・40年前の今日へ― 第5~8日目 “未練・終局”
25日(木)晴れ
東室蘭6:23→223ㇾDD51→追分8:44
本線蒸機終了後、どうしても追分機関区を訪れたかったのだ。
ラウンドハウスにはD51241・D51465・D51603・D51916・D511086・49648がナンバープレートもそのまま
有火状態で鎮座していたのだ。入換には39679と79602が使用されていた。追分で先行して渡道してい
た友人(H君・T君・F君)と会い記念写真を撮る。
※何故蒸機を背景に撮影しなかったのか未だに謎だ。
午後から鉄原コークス工場のS304を撮影に行く。この日も東室蘭で駅前銭湯で汗を流し東室蘭のプラ
ベンチで就寝。

26日(金)晴れ
東室蘭6:23→223ㇾDD51→追分8:44
今日も追分機関区へ行く。僕の現役蒸機の最後のカットは追分機関区のラウンドハウスに佇むD51
1086・D51241・D51465・49648が並んだカットだった。
午後から清水沢の三菱石炭鉱業・大夕張鉄道のスハニ6(3軸ボギー客車)のストーブ列車に乗り納
めに行った。
南大夕張16:37→大夕張鉄道→遠幌16:47(切符を買うため下車)、遠幌→夕鉄バス→清水沢、
清水沢17:56→736D→追分18:58
(何故か蒸機夜景は撮らず、ラーメン・ライスを食べ駅前銭湯で時間を潰す)、
追分22:47→582D→苫小牧23:25。

27日(土)曇り
苫小牧0:39→急行「すずらん4号」→函館6:10。
函館7:10の26便で帰ればいいのだが、この日は一日中函館市電を撮影と完乗したりして時間を潰す。
謎の行動が多いのだ。

函館17:00→4便「十和田丸」→青森20:50
28日(日)晴れ(心は暴風雨!!)
青森0:03→急行「八甲田」ED75・EF57→上野11:07 上野→池袋→大泉学園→所沢経由→拝島16:00
よほど腹が減ったのか大泉学園で下車してF君宅で昼飯を食らう。本心は自宅に帰るのが怖かったから
だ・・・。親に北海道にSL撮影に行くと報告せず、親を心配させたり終業式をさぼったりと親不孝を重ね自
宅に帰宅すると“怒りの親父の鉄拳制裁”が待ち受けていたのだった。コタツの上には昭和50年12月25日
の読売新聞朝刊が広げられたままになっており、よく見るとタイトルが「デゴイチも最後のばく進」夕張で撮
影されたD51241と僕の後ろ姿がバッチリ映し出されていたのだった・・・。
                                 ―完―

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

高野 陽一

Author:高野 陽一
あなたは鉄道に感動したことがありますか?
いつの時代の、どこの国の、どんな線区の、どんな車輌や情景でもかまいません。
答えは明白です。それはあなたがカメラという映像媒体を通じて、あなたの魂(SOUL)が何かを感じ、あなたの魂(SOUL)をゆさぶった事にほかなりません。だから、あなたも僕も鉄道を今も撮影し続けているのです。
(社)日本写真家協会会員  (JPS)

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
カウンター
カレンダー
05 | 2017/06 | 07
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -