Episode O ―終わりの始まり・40年前の今日へ― “エピローグと後日談”

夕張
1975年12月25日 追分機関区

Episode O ―終わりの始まり・40年前の今日へ― “エピローグと後日談”
1975年12月21日(日)~28日(日)7泊8日。
東室蘭駅プラベンチに4泊、夜行に3泊した勘定になる。座りながら寝てケツが痛くなった8日間だった。蒸機の撮
影も天候や幸運に恵まれた。車に乗せて頂きD51603を追い駆けて頂いたファンや、薄汚い僕をヒッチハイクで
乗せてくれた親切な地元の人。夕張駅6788ㇾ撮影時に僕を最前列に割り込ませてくれた親切な報道陣に感謝
します。
25日に追分で一緒に記念写真を撮った仲間たちは今頃何をしているのだろうか?今でも蒸機を撮影しているの
だろうか・・・。
伝え聞くところによるとH君は体を壊したそうだ。T君は音信不通。F君とはその後も海外鉄道研究会で時々お会
いするが、撮影は一緒に行かなくなった?!趣味趣向の不一致だろうか?蒸機撮影の情熱が消えたのか?そ
れとも“イベント蒸機”が好きでないからのだろうか・・・。
たとえ保存蒸機であれ“生きている蒸機”に変わりはない。蒸機を撮影出来る“今”を楽しみたいのだ。

全ては1969年・八高線拝島駅のD51745から始まり夕張線D51241で終わったのだ。現役蒸機を追い駆けた
7年間は今から考えると夢のような時間だった(撮影内容は別として)。中学・高校はアルバイトと蒸機撮影
に夢中だったのだ。
やがて社会人となり、大井川鐵道や山口線に興味を持った時期があった。でも何か違和感を覚えたのだ。
そして世界の現役蒸機を無謀にも20年間追い駆けた。
C6120の復活と共に再び原点回帰してC6120やD51498を追い駆けている。そして2017年D51200の復活の
ビックニュースが飛び込んできた。まだまだ蒸機の撮影をやめられそうにないのだ。

12月23日(火)沼ノ沢の築堤で1791ㇾを撮影した現場で“6788会”を立ち上げた、井門氏・奥井氏とニアミスし
ていたことが20数年後にわかったのだ。
蒸機趣味を通じて多くの友人に恵まれたことは僕の一生の宝であろう!!
そして国鉄最終蒸機列車6788ㇾD51241から40年目の記念日2015年12月24日(木)に開催された
“夕張6788会”に参加している僕がいるのだ・・・。
“蒸気機関車”は僕の永遠のテーマだろう。

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プロフィール

高野 陽一

Author:高野 陽一
あなたは鉄道に感動したことがありますか?
いつの時代の、どこの国の、どんな線区の、どんな車輌や情景でもかまいません。
答えは明白です。それはあなたがカメラという映像媒体を通じて、あなたの魂(SOUL)が何かを感じ、あなたの魂(SOUL)をゆさぶった事にほかなりません。だから、あなたも僕も鉄道を今も撮影し続けているのです。
(社)日本写真家協会会員  (JPS)

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