2016.4.3 諏訪大社・上社 「御柱祭・木落し」 前編

祭
当日東京は雨が降っていました。
茅野の現地では、どんよりとした曇り空でしたが、午後に奇跡的に太陽の光が差し込む場面もありました。

今回の撮影では行き帰りの特急列車の指定席を確保しただけで、優良観覧席確保や撮影許可の取得も無く、
ほぼノープラン状態での現地入りでした。

行けば行ったで、何とかなるものです。すっかり“御柱祭”のファンになりました。
動きがある祭りなのでビデオ撮影も楽しんでみました。


7年に一度の天下の大祭・次回開催はは2022年(平成34年)

 樹齢150年を優に超えるモミの大木。山の中から、選ばれた16本のモミだけが御柱となり、 里に曳き出され、7年毎の寅と申の年に諏訪大社の社殿の四隅に建てられます。 宝殿の造り替え、そして御柱を選び、山から曳き、境内に建てる一連の行事を「御柱祭」と呼び、 諏訪地方の6市町村の氏子たちがこぞって参加して行われます。正式名称は「式年造営御柱大祭」です。

 御柱祭という神事を司る諏訪大社は、全国各地の諏訪神社の総本社であり、国内にある最 も古い神社の一つ。諏訪湖の周辺に4箇所の境内地を持っています。まず上社と下社に分かれ、諏訪市に上社本宮、茅野市に上社前宮があり、下諏訪町に下社春宮と下社秋宮があります。ご祭神である諏訪明神は古くは風・水の守護神で五穀豊穣を祈る神。また武勇の神として広く信仰され、東国第一の軍神として坂上田村麻呂や源頼朝、武田信玄、徳川家康らの崇敬を集めました。

 室町時代の『諏訪大明神画詞』という文献によれば、平安初期に桓武天皇(781~ 806)の時代に「寅・申の干支に当社造営あり」と御柱祭についての記録が残されてい ます。起源については諸説様々ありますが、縄文時代の巨木信仰という説もあります。

 御柱そのものは、長さ約17m、直径1m余り、重さ約10トンの巨木。柱を山から里へ曳き出す「山出し」が4月に、神社までの道中を曳き、御柱を各社殿四隅に建てる「里曳き」が5月に、上社・下社それぞれで行われます。諏訪の人々は氏子として全精力を注いで16本(4社×4本)の柱を地区ごとに担当します。御柱祭にかける氏子の情熱は、昔も今も変わりありません。日本人の熱いエネルギーの高ぶり、神聖な熱狂にあふれた稀少な祭りといえるでしょう。

祭
“前宮一”の御柱が動き始めました。
前の“メドデコ”は勇壮で華があります。
後ろの“メドデコ”は木落しの際に跳ね上がります。これもまた勇壮でした。

御柱祭と中央東線電車を絡められるポイントが何か所かあります。

                                     後編に続く。

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高野 陽一

Author:高野 陽一
あなたは鉄道に感動したことがありますか?
いつの時代の、どこの国の、どんな線区の、どんな車輌や情景でもかまいません。
答えは明白です。それはあなたがカメラという映像媒体を通じて、あなたの魂(SOUL)が何かを感じ、あなたの魂(SOUL)をゆさぶった事にほかなりません。だから、あなたも僕も鉄道を今も撮影し続けているのです。
(社)日本写真家協会会員  (JPS)

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