Episode 1 ―初めての北海道一人旅・44年前の今日へ― “1972年夏・C62・C55紀行”

“プロローグ”
当時の僕は中学三年生。僕の未来はバラ色だった。当時は学業成績もよく、一流高校、一流大学、一流企業へと進路は決まっていた。親にとって我が家にとっても希望の星になるはずだったが…。どうやらこの時から狂いが生じたらしい。

確かに自宅で机に向かう時間が増えていた。しかし、勉強より大切な趣味を見つけてしまったのだ。愛読書は、時刻表、鉄道ファン誌、蒸気機関車誌を貪るように読み始めてしまったのだ(SLダイヤ情報はまだ発売されていない)。近い将来、蒸機は廃止されてしまう。こうしちゃいられない…。

それまでの僕は、八高線・小海線・飯山線・中央西線・只見線・会津線・日中線・米坂線・羽越本線を撮影していた。
8600・9600・C11・C12・C56・C57・C58・D51の8形式を撮影できた。

1971年夏に友人4人で九州蒸機撮影を計画した。目的地は冷水峠と矢岳越えだった。しかしお金を調達できず幻に終わってしまった。ガキ鉄は何かと他人を頼り、何かと他人の責任にしてしまう。

1972年夏には、誰にも頼らず初めから一人旅と決めていたのだ。責任はすべて自分にある。どうしてもC55・C62・D52・D61をこの目で見たいのだ。

 1972年北海道の動力車配置表によると、動力車合計581輌で内訳が、蒸機10形式(9600・C11・C12・C55・C57・C58・C62・D51・D52・D61)395輌、ディーゼル機関車163輌、電気機関車23輌の布陣だ。前年にC62重連急行「ニセコ」が廃止になったものの、いまだに堂々たる蒸機天国なのだ。


鉄

 今回の僕の装備は、ミノルタSRT-101(標準レンズ)、コニカC35、フイルムは富士カラーN100とネオパンSS、ラジカセ、公済出版社発行のコンパス時刻表(SL牽引マーク付き)、キネマ旬報社発行の「SLダイヤ」、三脚は家に忘れてきてしまった(後で後悔したが)。水筒と、わずかな着替えと、お小遣いが5000円(これでは宿には泊まれないだろう)。北海道均一周遊券が16日間有効で学割7600円だった。

旅

さて明日から、Episode 1 ―初めての北海道一人旅・44年前の今日へ― “1972年夏・C62・C55紀行”を検証してみようと思う。しばしお付き合いくださいマセ。

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プロフィール

高野 陽一

Author:高野 陽一
あなたは鉄道に感動したことがありますか?
いつの時代の、どこの国の、どんな線区の、どんな車輌や情景でもかまいません。
答えは明白です。それはあなたがカメラという映像媒体を通じて、あなたの魂(SOUL)が何かを感じ、あなたの魂(SOUL)をゆさぶった事にほかなりません。だから、あなたも僕も鉄道を今も撮影し続けているのです。
(社)日本写真家協会会員  (JPS)

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