Episode 1 ―初めての北海道一人旅・44年前の今日へ― “エピローグと後日談”

Episode 1 ―初めての北海道一人旅・44年前の今日へ―“エピローグと後日談”
1972年8月22日(火)~28日(月)6泊7日。

急行「八甲田」の寝台に1泊、急行「大雪6号」のハザに2泊、急行「利尻」のハザに2泊、青函連絡船の
ハザに1泊した勘定になる。

撮影内容は9600・C12・C11・C55・C57・C58・C62・D51・D52・D61と10形式全て撮影でき、とりわけ
C55・C62・D52・D61は初めて見る形式だった。

北海道
上野駅の、あのわくわく感を一度味わったら、もう病みつきになってしまいます。

今まで一人で出かけた最長距離が米坂線9600撮影であった。今回が自己記録を大幅に更新したのだ。今回の
撮影旅行は、撮り鉄よりも、間違いなく乗り鉄であった。見るもの聞くものがすべて珍しく新鮮な7日間だった。

こうして僕の15歳の夏の小さな大冒険は終わった。もちろん反省点も多い。しかし楽しかった。この旅で自信をつ
けたのか、7か月後に僕は再び津軽海峡を渡ることになる。

北海道

奈落の底への扉を開けるきっかけとなった―初めての北海道一人旅―。それからの僕は学力が低下する
一方で、人生の予定コースを歩むことは決してなかった。

この時こそ人生のポイントを間違えて切り替えてしまったのかもしれない(こうして駄文を入力している今では、
鉄道趣味に邁進できたことは、もしかしたら僕の人生にとって宝だったのかもしれない)。

昨年の12月に弊ブログで書いた、Episode O ―終わりの始まり・40年前の今日へ―“1975年冬・夕張線
6788ㇾ回想録”
12月25日に追分で一緒に記念写真を撮った仲間たちは今頃何をしているのだろうか?
今でも蒸機を撮影しているのだろうか…。

少しだけ変化があった、後輩のH君は体を壊し不治の病で57歳の若さで帰らぬ人となった。あの日あの時“蒸機”
を通じて友達になり青春の喜怒哀楽を共有した親友だった・・・。

あの時のH君の豪快な笑顔が忘れられない。大人になると生活環境や趣味嗜好の違いで友人環境も変わって
くる。お互いを思いやる気持ちが失われたときに友人関係も終焉を迎えることになる。

北海道
70年代の東北本線のEF57。あの頃はよかったなぁ~。
見て来た風景。出会った人々。表現で来た写真。見逃してきた写真。だから写真人生は面白いのだ。

世の中は広い。中学生が単独で真冬に東京から急行「ニセコ」を撮影に行ったお話のブログもあり今更
ながらにあと一年早く渡道していればと思う。
現実は厳しい、これが僕の限界だったのだ・・・。


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プロフィール

高野 陽一

Author:高野 陽一
あなたは鉄道に感動したことがありますか?
いつの時代の、どこの国の、どんな線区の、どんな車輌や情景でもかまいません。
答えは明白です。それはあなたがカメラという映像媒体を通じて、あなたの魂(SOUL)が何かを感じ、あなたの魂(SOUL)をゆさぶった事にほかなりません。だから、あなたも僕も鉄道を今も撮影し続けているのです。
(社)日本写真家協会会員  (JPS)

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