ある「夏の日の思い出」

磐西
ある「夏の日の思い出」
今日もなんだか、あちきに運命の女神が微笑んでいるかのような一日だった。
これだから、撮影後のビールが格別に美味い。

今年の夏は当たり年だったのだ。
8月も下旬に差し掛かり、この夏の成果を振り返る。
蒸機・夏祭・向日葵・入道雲とたっぷり素晴らしい画像を頂き、日に焼けてヘトヘトだ。
今年も群馬在住の祭り好きのT氏に大変お世話になったのだ。
残すところの8月も、蒸機と夏祭りを各2回撮影して今月の予定は終了する。

夏の日の線路端で汽車を待つときに必ず思い出すのが、昭和48年の夏のことだ。
8月16日から、灼熱の九州へとC55とC61を撮影に出かけた。高校一年の夏。

メンバーは僕と山本君のはずだったが、何を勘違いしたのか石川君が同行することになったのだ。
石川君曰く、僕はボーイスカウト出身だから過酷な旅行や野宿は大丈夫だから、是非僕を九州に一緒に
連れて行って欲しい。(ちなみに石川君は鉄ちゃんではない!)
僕たちは言った。観光じゃないよ!毎日毎日、SL撮影が目的だよ!しかも16日間だよ!寝る場所は、駅
か夜行列車の座席だよ本当に石川君大丈夫か?かなり厳しい冒険旅行だよ!!
石川君は力強く言った。僕はボーイスカウト経験者だよ絶対に大丈夫だよ!

石川君は灼熱・空腹・睡眠不足・筋肉痛・疲労困憊のリアル生き地獄体験をしていたのだった!!
日焼けして真っ黒になり顔だちも精悍になった石川君は毎日毎日嘆いていたのだった。
今日もSL撮るの?どこまで歩くの?また駅で寝るの?今晩の夜行座れるかな?腹減った?
暑いよ!!etc・・・。毎日毎日「もう東京へ帰ろうよ!」を連呼しているのだった。

8月24日、灼熱の志布志にて。東京を出発して9日目のことだ。
石川君はとうとうギブアップした。今日は俺は日南海岸で絶対に泳ぐ!!もうSLは撮らない!!
仕方なく僕たちは大堂津での撮影を諦めて、石川君と三人で海水浴に行ってしまったのだ。

僕と山本君の心の弱さが、石川君の「もう東京へ帰ろうよ!」の呪文に洗脳されてしまったのだ。
あの夏の蒸機撮影旅行は15泊16日から、11泊12日に短縮されて終わってしまった。
本来行くはずだった、貝島炭鉱・室木線・山陰本線の撮影が夢と消えたのだ。
僕と山本君と石川君にとって、あの44年前の夏の暑さは強烈な“思い出”としてに心に刻まれているのだった・・・。

8月21日からの予告
―私的・44年前の今日へ―を、ちょいと書いてみようと思います。
お暇でしたら、遊びに来てください。
Episode 1 ―初めての北海道一人旅・44年前の今日へ―“1972年夏・北海道蒸機撮影見聞録”
お楽しみに・・・。

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プロフィール

高野 陽一

Author:高野 陽一
あなたは鉄道に感動したことがありますか?
いつの時代の、どこの国の、どんな線区の、どんな車輌や情景でもかまいません。
答えは明白です。それはあなたがカメラという映像媒体を通じて、あなたの魂(SOUL)が何かを感じ、あなたの魂(SOUL)をゆさぶった事にほかなりません。だから、あなたも僕も鉄道を今も撮影し続けているのです。

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