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2017.2.10. 中華 喫茶 “香港” 昭和時代へ時間旅行

昭和
以前から気になっていた昭島駅前にある、中華 喫茶 香港に入店してみた。
あちきのライフワークの一つに“昭和時代”がある。
この店も“昭和の香り感”バリバリである。

昭和
メニューサンプルも渋いのです。

昭和
店内は喫茶店そのもので、カウンターには常連三人が鎮座します。

昭和
どこかで見たことあるポスターが・・・。

昭和
その正体は“中山美穂”さんでした!!
てっきり昭和のポスターと思いきや平成の色あせたポスターでした。

昭和
メニュー①

昭和
メニュー②

昭和
注文した400円ラーメン。美味いと思います。

マスター教えて?ラーメン400円はいつから値上げしていないの?
オイルショック(1980年)から値上げするのわすれちゃった!!
そうなんですか?

※マスター!!あちきをなめんなよ!!1980年のラーメン相場は300円じゃ!!
マスターの話は適当に聞き流すが1980年のラーメン400円は高すぎます!!

2016.5 東京都35区時代の記憶 「淀橋区」

昭和
2016.5 東京都35区時代の記憶 「淀橋区」

貴方は東京にお住まいですか?街歩きは好きですか?健康管理が必要な年齢ですか?
それでは健康維持のために歩きましょう!!
それは貴方が60代・70代・80代になったときに結果が必ず現れます。
歩くなら目的があった方が楽しみも増えます。
僕の場合は、蒸機・祭・歴史が大好きで、なるべく定期的に歩くようにしています。
そんな、あるジャンルのお話です。

東京の街歩きが好きで、それにまつわる庶民文化や旧町名に興味があります。
例えば「淀橋区」についてです。ここにある住所表記は戦前の右書きです。

淀橋区を簡単に説明します。
1932年(昭和7年) 淀橋町・大久保町・戸塚町・落合町が東京市に編入され淀橋区が誕生します。
東京35区時代の到来です。
1947年(昭和22年) 四谷区・牛込区・淀橋区が合併して新宿区となります。
東京22区時代の到来です。板橋区から練馬区が分離して、現在の東京23区になりました。

つまり「淀橋区」の表記は70年以上前の地名になります。

昭和
2016.5 東京都35区時代の記憶 「淀橋区」

驚いたことに行政が設置した“琺瑯町名看板”を発見しました!!
70年以上の風雪に耐え抜いた“琺瑯町名看板”です。探せばまだまだあるはずです。

現在の新宿区には淀橋の町名は有りませんが、ヨドバシカメラなど淀橋を名乗る建物などが残っています。

2015.9.16 地下鉄博物館を見に行く!!(下)

未
2015.9.16 地下鉄博物館を見に行く!!(下)
未
2015.9.16 地下鉄博物館を見に行く!!(下)
未
2015.9.16 地下鉄博物館を見に行く!!(下)

当時は“東洋唯一の地下鐵道”が売りだそうです。日本の技術はやはり凄いのです。
車内に、さり気なく配置された人形が素敵です。地下鉄もなんか手工芸品の様相ですね。
モケットシートに座り瞼を閉じればまさに昭和の釣り掛け音と人々の喧騒が聞こえてきます。
病気ですね?!一瞬のタイムトラベル・・・。良かったですよ!!

毎週毎週、蒸機ばかり追い駆けているそこの貴方!!たまには気分転換に如何ですか!!
チョット忘れてきた時間取り戻してみませんか・・・。

2015.9.16 地下鉄博物館を見に行く!!(上)

未
2015.9.16 地下鉄博物館を見に行く!!(上)
未
2015.9.16 地下鉄博物館を見に行く!!(上)
未
2015.9.16 地下鉄博物館を見に行く!!(上)

なんだかね~っ?急に地下鉄博物館を見に行きたくなりました。
単なる気まぐれですが?でもね来て観て良かったと思います。
実はね、美大出身の先輩のSさんがこの博物館のオープニングに関わっていまして
その仕事を一目確認したかったのですよ!!

本来、蒸機とナローにしか興味を見出さない僕ですが。ここに来て“昭和レトロ”を強く感じました。
色彩感覚とデザインが全て“昭和レトロ”です!!

そういえばこんな電車に乗って“珊瑚模型店”に行った記憶が蘇ります。
何か懐かしいですよネエ・・・。当時被写体としては何も感じませんでしたが・・・。
失敗しましたね!!撮影しておけばよかったと!!後悔しきりです。ハイ

まだ銚子電鉄に黄色い類似型が1輌ありますよね!!見に行きたいな~っ・・・。

2015.9.21 甲府市に見る “甲府郵便協力会の昭和”調査報告 

レトロ
2015.9.21 甲府市に見る “甲府郵便協力会の昭和”調査報告 
甲府市のレトロ町名琺瑯看板は“甲府ナショナル縦型町名琺瑯看板”と“その他縦型町名琺瑯看板”に大別
されます。全国的にみても甲府市は特異なエリアです。

“甲府ナショナル縦型町名琺瑯看板”を調査してみると、ステレオ・ラジオ・テレビ・洗濯機・掃除機・冷蔵庫が
の6種類がありました。

松下電器の社史を調べてみると
神武景気の好況を一つの契機に、爆発的な家庭電化ブームが起こり、新しい電化製品が次々と登場してき
た。1956年ごろには白黒テレビ、洗濯機、冷蔵庫は、「三種の神器」と呼ばれて人々のあこがれの的であった。
家庭電化時代の到来をいち早く予測したパナソニックは、ラジオ、蛍光灯に続く本格的な電化製品として、
1951年、洗濯機の生産販売を開始。発売当初は価格も高く、台数も出なかったが、量産によって価格を下げ、
1955年には月産5000台を越えた。
洗濯機の登場は、女性の家事労働からの解放、地位の向上を象徴するものとして、世の中に明るい話題を
提供した。
テレビは、1953年のテレビ本放送開始に先立ち、前年に発売した。その強力な情報伝達力によって、テレビは
国民の生活と文化に大きな影響を与えることになった。とくに1959年の皇太子殿下と美智子さまのご成婚はテ
レビブームに拍車をかけた。
1953年には冷蔵庫を発売した。これは前年に資本提携した中川電機(旧 松下冷機)が生産を担当した。当初
は相当高価で、まだ一般家庭の需要に応じられるものでなかった。しかしその後、新工場の建設や市場の成
熟があって、1960年には年産23万台を達成した。

“甲府ナショナル縦型町名琺瑯看板”は昭和40年代初期の設置と思われます。
もし推測が間違っていましたら、どなたかメール下さいマセ!!

レトロ
2015.9.21 甲府市に見る “甲府郵便協力会の昭和”調査報告 
この看板は朽ち果てようとしている民家の土壁跡に有りました。

レトロ
2015.9.21 甲府市に見る “甲府郵便協力会の昭和”調査報告
今回の撮影で一番感動したのが木製電柱に“甲府ナショナル縦型町名琺瑯看板”設置でした。
まさに“昭和レトロ”の象徴的な原風景でした・・・。

今回の調査では約50枚の“甲府ナショナル縦型町名琺瑯看板”を発見できました。まだまだ新しい発見は有ると
思います。次回の調査も楽しみです。
プロフィール

高野 陽一

Author:高野 陽一
あなたは鉄道に感動したことがありますか?
いつの時代の、どこの国の、どんな線区の、どんな車輌や情景でもかまいません。
答えは明白です。それはあなたがカメラという映像媒体を通じて、あなたの魂(SOUL)が何かを感じ、あなたの魂(SOUL)をゆさぶった事にほかなりません。だから、あなたも僕も鉄道を今も撮影し続けているのです。
(社)日本写真家協会会員  (JPS)

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