FC2ブログ

語り尽くせない汽車物語 6話 “飯山線・古豪18688”

飯山
1971年5月2日 飯山線・飯山駅
飯山
1971年5月2日 飯山線・飯山駅

語り尽くせない汽車物語 6話 “飯山線・古豪18688”

1971年5月2日。昭和47年。14才春のお話しだ。

これまで八高線・米坂線・羽越本線で蒸機を撮影してきたがいずれも一人旅ではない。

今回が初めての宿泊有の一人旅だ。期待と不安が入り混じり合った小さな大冒険の始まりだ。
信州周遊券を購入し、カメラ(ミノルタ)と僅かなフィルムに、時刻表とダイヤは
鉄道ファン1971年1月の臨時増刊号「蒸気機関車撮影地ガイド」
(SLダイヤ情報の創刊は昭和47年11月でこの時点では未発売だ)を選んだ。
背負うザックは意外に重かったのだ。

混雑する上野駅にハラハラドキドキで到着する。既に直江津行き急行「妙高6号」は17番線に入線していたのだ。
ヤバイ!!自由席は5輌。奇跡的に進行方向の窓側の自由席にありついたのだ。これで長野まで座って行ける。

やがて23:58に急行「妙高6号」が客車列車特有のゴトンゴトンと
連結器を順次引き出す感覚でゆっくりと発車した。
牽引はEF627で、僕の乗車する先頭のオハフはすきま風で寒いのか乗車率が低い。
ホイッスルや車窓を流れる街の灯りに興奮を覚える。

見るもの聞くものがすべて珍しく今夜は眠れそうにない。翌2:38列車は広い構内の駅で停車した。
横川駅だった。発車は2:50。駅弁の立ち売りもいる。

ここからEF63の重連の後補機が付くことを後で知った。駅弁売りから“峠の釜めし250円”を買った。
生まれて初めて見る陶器の駅弁に興奮するのだ。駅弁を食べながら闇夜に目を凝らす。
なんだか随分トンネルが多い気がするのだ。

長野に着いたのが5:00。飯山線の始発が123Dの5:38で替佐6:11で下車する予定だった。
不覚にも睡眠不足から爆睡してしまい飯山6:27まで乗り越してしまった。大失敗だ!!

しかたなく飯山で7:00発の222ㇾ18688の発車を撮り
十日町行き129D7:09に乗車しながら寝る事にする・・・。

この時得た教訓は、夜行列車は体力温存の為に必ず寝るべし!!睡魔は全ての予定を破滅させる!!
その後の蒸機撮影に大いに勉強になったのだ。

語り尽くせない汽車物語 4話 “消えた撮影地・福用大俯瞰” 198X/1

大井川鐵道に撮影に行くと何かホットします。
第一橋梁付近は随分と様変わりましたが、沿線の駅周辺の佇まいは昭和のままです。
夢中になって大井川鐵道に通っていた頃のお話しです。

大井川
語り尽くせない汽車物語 4話 “消えた撮影地・福用大俯瞰” 198X/1

大井川鐵道は僕の大好きな鉄道です。
保存蒸機運転も40年間に及んでいますので、撮影日数は二百日を優に超えています。
40年の歴史ある歳月は撮影地も変えていきました。
この福用大俯瞰も木々の成長と共に線路を俯瞰できなくなりました。

この日は、浜松の森岡さんと一緒に俯瞰した記憶があります。
森岡さんの陸上自衛隊を彷彿させる迷彩服の出で立ちが印象的でした。

この日は“川根路号〇〇会”が、福用お立ち台で煙を頼んだと情報を得て“福用大俯瞰”に挑みました。
この撮影地は何度も登り撮影しましたが、なかなか納得した絵図らが生まれません。
上から見ていると線路端に続々と“川根路号〇〇会”が集まって来ました。
良し!!これで福用大俯瞰で煙が頂けるはずです。
汽車がやって来ました。C11227+旧客5輌の電機の補機無編成です。
踏切を渡りほぼ無煙の汽車が急に力行を始めました。この場所でこれだけの煙を頂ければ上等です。
この日の山を降りる時の足が軽かった事はまちがいありません。

大井川
大井川鐵道の正月運転恒例の日の丸です。
やはりヘッドマーク無しの日の丸が蒸機に良く似合っています。

※許可を得て撮影

語り尽くせない汽車物語 3話 “斜陽館・奇譚” 1983/2

貴方も僕も永い間旅を続けていると、奇妙な体験の一つや二つあると思います。
“常紋トンネルの怪”は有名ですが、一人旅に限って奇妙な体験をしてしまうのです。
それは極限の疲れから来る幻覚や幻聴なのかもしれません・・・。

津軽
幾度となく津軽鉄道の除雪列車の撮影に挑戦しました。
しかし結果は悲惨そのものでした・・・。
結果に残せないのです。現代のデジタルなら記録に残せたかもしれませんが・・・。
そしていつしかキ100からモーターカーでの除雪に変わってしまいました。

憧れの津軽鉄道のラッセルは、31年後の2014年2月にやっと撮影出来ました。
但しチャーター運転のヤラセで望みは叶いました。

津軽
斜陽館をご存知でしょうか?
金木駅近くにある太宰治記念館の事です。(現在は宿泊できません)
実は1996年まで、旅館「斜陽館」として営業しておりました。

語り尽くせない汽車物語 3話 “斜陽館・奇譚”
昭和58年2月に斜陽館に連泊した時のお話しです。

何故、斜陽館に連泊したかと言うと早朝のラッセルを撮影する為だからです。
二日目の夜に布団を敷きに来た妊婦のおかみさんに、明日の出発も早いので朝食はいりません
が、おにぎりを作ってくださいと頼みました。
夜は猛吹雪でしたのでラッセルが撮影できるかもしれません。期待も膨らみます。
夜中に渡り廊下で人の気配がし目が覚めてしまいました?雪女・・・・。まさか気のせい?!
相変わらず外は猛吹雪が続いています。

朝4時半、玄関で長靴に履き替え後は、おにぎりを受け取り出発です。
朝見送りの、斜陽館のおばあさんにおにぎりを催促しました。すると聞いていないとの事?
昨晩、妊婦のおかみさんに頼んだ旨を伝えるとおばあさんは「当館には妊婦はいません・・・。」と
言い切りました。それでは僕が昨日話した妊婦はダレ・・・。

結局、半信半疑で斜陽館を出ました・・・。
そういえば前泊した時には、妊婦にもおばあさんにも会っていない事に気付きました。
ところで、朝に僕と話したおばあさんはダレなの?
いずれにしろ、妊婦かおばあさんのどちらかが、この世の人では無いのかもしれない・・・。
以来、僕は斜陽館には宿泊していません・・・。

語り尽くせない汽車物語 2話 “暖炉汽車・愛と敬の記憶” 1983/2  

新春の蒸機撮影はいかがでしたか?成果はありましたか?
弊ブログも毎日の更新は体力的に難しく不定期更新になりました。
新春のD51498+旧客でもUPをと考えましたが旬な話題は他の素晴らしいブログに譲るとして、
あくまでも、弊ブログのベクトルは“古き良き日本の鉄道情景”へといざないます。

津軽
語り尽くせない汽車物語 2話 “暖炉汽車・愛と敬の記憶”

隣の車輌から、何やら楽しそうな笑い声が聞こえてきました・・・。それではそっと覗いてみましょう?!
その正体は双子の姉妹の笑い声でした。お母さんにお話を聞くことが出来ました。
来年小学校に入学する6歳の双子の姉妹で、姉が愛(あい)ちゃん、妹が敬(けい)ちゃんだそうです。
何度見ても僕には姉妹の識別がつきませんでした。

天井を見るとオハ31の折り上げのダブルルーフが魅力的です。
どうやらこの冬がオハ31活躍の最後の年のようです。

津軽
五所川原に到着したとたんに双子の姉妹は元気よく飛び出してきました!!
津軽美人のお姉さんもいました。
ダブルルーフのオハ31のゴツゴツとしたリベットが印象的です。

津軽
昭和58年の2月の上旬に東北地方を旅しています。
7日~9日まで津軽鉄道の“暖炉汽車”を撮影していました。

五農校の通学生のスナップも良いですが、昼間の閑散とした“暖炉汽車”も魅力的でした。
蒸機牽引ではありませんが“本物の汽車”を感じました。
車輌は変われど“ストーブ列車”もいまだ健在です。

語り尽くせない汽車物語 1話 「五能線・深浦にて」 1984/1

1975年12月24日に夕張線・夕張~追分間の6788ㇾD51241牽引によって国鉄本線上から蒸機列車
が消えた。1976年3月2日、追分駅の入換用の39679・49648・79602が廃止され、国鉄から蒸気機関
車の煙が途絶えたのだ。
貴方はお気づきだろうか?国鉄の残り香が漂う地方を旅すると、しばし聞こえてくる
次の“汽車”は何時だべ?そうです蒸機全廃後も“汽車”言葉は生き続けているのだ。

御存じだろうか?“汽車”は鉄道用語では断じてないのだ。
“汽車”は古き良き鉄道の黄金時代を語り継ぐ俗語(死語)かもしれない・・・。
さて、僕の体験した“語り尽くせない汽車物語”を語らずにはいられないのだ。

語り尽くせない汽車物語 1話 「五能線・深浦にて」
五能線
昭和59年1月、五能線を訪れた。目的は五能線に残る客車列車だった。
荒れ狂う日本海を背景に五能線らしい絵図らが欲しかったからだ・・・。

ところがドッコイ沿線は拍子抜けするほどの好天で少しガッカリした覚えがある。

五能線
深浦駅を見下ろす丘に登ると意外に海が近いことが分かった。
蒸機廃止後も、使われなくなった転車台が残っていた。
昭和59年2月1日に五所川原~川部間の貨物扱いが廃止になり、国鉄最後の五能線混合列車も同時
に廃止になった。

こうして見ると赤いDL牽引の旧客も日本の風景にマッチしていたことが良くわかる。
プロフィール

高野 陽一

Author:高野 陽一
あなたは鉄道に感動したことがありますか?
いつの時代の、どこの国の、どんな線区の、どんな車輌や情景でもかまいません。
答えは明白です。それはあなたがカメラという映像媒体を通じて、あなたの魂(SOUL)が何かを感じ、あなたの魂(SOUL)をゆさぶった事にほかなりません。だから、あなたも僕も鉄道を今も撮影し続けているのです。
(社)日本写真家協会会員  (JPS)

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
フリーエリア
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
カウンター
カレンダー
08 | 2019/09 | 10
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 - - - - -