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1985年 水郡線撮影記 その3 ZENZA BRONICA の時代

1985年 水郡線撮影記 その3 ZENZA BRONICA の時代

ZENZA BRONICA ETRS をご存知だろうか?
当時の僕の撮影は、メイン機はニコンF3HPに用途に応じたスライドでの撮影で、サブ機はセミ版のZENZA BRONICA ETRSにモノクロ(TX)で対応していた。

ZENZA BRONICA ETRSはコンパクトで一見使い易そうだったが、
使ってみるとフイルムパックの交換に難があり、思った以上に使い辛かった。
光線かぶりもあり安心して使えない代物だった。それでも我慢して使っていた。
やがて、重いが使い易いペンタックス67へと移行する。

それではは35年前のGWに時計の針を戻してみましょう。記憶が消えるその前に・・・。

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この画像も、見る人が見れば、この客車14系ですね・・・。

意外と撮影に苦労した画像だった!!
貴方もその時代の愛機に愛着があったはずだ!!

1985年 水郡線撮影記 その2 試運転

1985年 水郡線撮影記 その2 試運転


試運転当日は、H君のスカイラインに乗せて頂き、早朝からロケハンを開始して煙の出そうな区間を選んだ。
時間があれば、桜と絡めたいがいかがなものだろう・・・。

当時の試運転は、車で追いかけても充分撮影できた。現代の試運転等混み具合とは様相が異なる。

それでは35年前のGWに時計の針を戻してみましょう。記憶が消えるその前に・・・。

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9321ㇾ 上小川~袋田 第4久慈川橋梁 はアングルを変えて5回撮影することになる!!


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HM無しの試運転はやはり良いのだ!!

水郡線の、のんびりしたムードも良い!!

1985年 水郡線撮影記 その1 35年前のGW

1985年 水郡線撮影記 その1 35年前のGW

1985年は僕の撮影が転換期を迎えた時だった。
海外の現役蒸機に目覚め、国内蒸機の撮影頻度が落ちていった。

撮影の作風も少しずつ変わって来たのだ。

当時の記録を見ると、水郡線の運転は、1985年、試運転が4/17から、本運転が4/28~5/11。
客車は12系6両。首都圏から近いこともあって沿線は大賑わいだった。

特筆されるのが、試運転初日に、蒸機による沿線火災が数か所発生し、
急遽梅小路から回転式火粉止めを取り寄せて装着。4/20、21は何故か14系6両で運転された。

それでは35年前のGWに時計の針を戻してみましょう。記憶が消えるその前に・・・。

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水戸機関区には扇形庫と転車台が残されていた。

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沿線の一番人気の撮影地は、9321ㇾ 上小川~袋田 第4久慈川橋梁俯瞰であろう。

水郡線撮影には、5回通うことになる。

35年前のあの日、貴方もきっと撮影に出掛けたことでしょう!!

国鉄「高千穂線」 悲願の「高森トンネル」怪・・・。

国鉄
国鉄「高千穂線」 悲願の「高森トンネル」怪・・・。

国鉄「高千穂線」。本来なら、高森線・高森と高千穂線・高千穂を結び、もしかしたら熊本発宮崎行き特急が走っていたかもしれません。阿蘇観光+高千穂観光のメインルートの可能性もあったのですが・・・。

国鉄

国鉄
国鉄「高千穂線」 悲願の「高森トンネル」怪・・・。

あれは何年か前の夏の日に、阿蘇地方を観光で訪れたときでした。
せっかくなので「高森湧水トンネル公園」を訪れることにしました。

いわゆる国鉄高千穂線(未成線)の遺構です。高森トンネルは完成すれば全長6480mに及ぶ長大トンネルでした。
ところが高森口から掘り進めて2055mのところで湧水帯(毎分32t噴出)にぶち当たったのです。
トンネル工事は中断され、鉄道工事事態も廃案となりました。
現在では「高森湧水トンネル公園」として観光スポットになりました。

トンネル内は冷ややかで、今でも毎分32tの湧水が噴出しています。
工事途中まで入ることが出来、終点には水神様も祀られています。

このトンネルにどんな曰くがあるか知りません。
撮影された一枚の画像にだけに大量のオーブが映り込んでいました・・・。

国鉄時代を旅する 1話 “飯田線・乗り鉄”  1982年/夏

飯田
東栄駅でのタブレット交換。郵便や小荷物輸送は全て過去の鉄道情景です。

飯田
冷房はありません。開け放たれた窓から高原のさわやかな風が流れてきます。


国鉄時代を旅する 1話 “飯田線・乗り鉄”  1982年/夏

僕は特に電車が好きというわけではない。
しかし飯田線の“旧国”だけは別物だった様な気がする。確かに“旧国”の他に流電・ED18・ED19・EF10などの
役者も揃っていたのも事実だが。飯田線は辰野~豊橋まで196㎞を普通電車で約6-7時間かかって走破する。
ゆっくりと旅が出来る路線だ。ニス塗の車内も魅力的で前時代的な雰囲気が漂っている。

そんな飯田線を一人で、又は友人と旅を何度かしている。ほとんどが旧型電機を撮影するのが目的だったが、
今回の目的は“飯田線完乗”だったのだ。

そんなある日のことだ。辰野発、豊橋行き○○○Mに乗車した。
豊橋までぶらぶら・ぐたぐたと196㎞を完乗したい。窓を全開に開け、高原や渓谷や田園の流れゆく車窓を
眺めながら“旧国の旅”を楽しみたい。眠くなったら寝れば良い。車窓に飽きたら文庫本を読めば良い。
車内のスナップ撮影も良いだろう。駅弁はあるのかな?
チャンスがあれば有人駅の交換で入場券も買いたいのだ。

ガタゴトガタゴト電車は走ります。車窓から心地良い風も入ってきます。
丁寧に小さな駅に止まりながら少しずつ進みます。

へぇ~っ。タブレットまだあるんだ?先頭のクモニは主要駅で荷物の積み下ろしもある。
なんだかワクワクするねぇ。
停車時間は何分ある?入場券を買いにこう!本当は走行中の旧型電機を撮影したいのだが・・・。
まっぁ!たまには乗り鉄も良いだろう。こんな機会でもなければ“飯田線完乗”なんて考えられないのだ。
豊橋に着いたらどうしようか?また辰野まで飯田線に乗りますか?冗談でしょう?

現代では、これにちかい旅は“大井川鐵道”か高崎支社の旧型客車列車でしか味わう事が出来ないでしょう・・・。


プロフィール

高野 陽一

Author:高野 陽一
あなたは鉄道に感動したことがありますか?
いつの時代の、どこの国の、どんな線区の、どんな車輌や情景でもかまいません。
答えは明白です。それはあなたがカメラという映像媒体を通じて、あなたの魂(SOUL)が何かを感じ、あなたの魂(SOUL)をゆさぶった事にほかなりません。だから、あなたも僕も鉄道を今も撮影し続けているのです。
(社)日本写真家協会会員  (JPS)

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